2021,05,20, Thursday
新型コロナウィルス禍で、オイスカの活動もすっかり様変わり。それでオイスカでも、Web会議が増えてきてその結果を第三者に知ってもらおうと、ユーチューブ配信を始めています。小欄で、昨日も報告しましたが、どちらかというとこの小欄のように文章でだらだら書くのがこれまでのオイスカ方式でしたが、今は開き直って映像に訴えています。
本日紹介するのは、3.11東日本大震災からの10年、宮城県名取市の海岸100ヘクタールに10万本の松の木を植樹するという壮大なプロジェクトに挑戦したオイスカの物語です。その他の映像では、オイスカの日本にある4研修センターの一つ、「西日本研修センター」からの情報発信がアップされています。 多くを語らず、ご覧頂けたら幸いです。新型コロナウィルス禍で、予定研修期間が終了したのに帰国できない研修生は、2年目、つまり農業では2回目の研修が始まっています。四季折々の野菜や米を作った経験の、再確認が出来ています。オイスカでは、何事にも前向きに考えて取り組んでいます。 ここをクリックして下さい。 |
2021,05,19, Wednesday
すでに小欄に書きましたが、新型コロナウィルス禍で外出することが少なくなり、Eメールやユーチューブ配信の案内が増えています。その一つに、公益財団法人オイスカ本部と、フィリピン・ネグロス島の渡辺重美・バゴ研修センター所長らのやり取りをビデオ会議システム「Zoom」でやった記録(4月4日)として、その内容がユーチューブ配信されています。
公益財団法人オイスカは、今年誕生から60周年を迎えています。そしてこのバゴ研修センターは、40周年で、渡辺重美・バゴ研修センター所長が最初フィリピン入りして今日まで半世紀、現地で農協や養蚕の指導に当たっています。正直ユーチューブ配信で1時間余は少し長いのですが、渡辺重美・バゴ研修センター所長のコメントだけでも、是非ご覧下さい。私もフィリピンで養蚕が行われていたのは、知りませんでした。 以下は、その画像についている説明文です。 2021年、 国際協力NGOのオイスカは創立60周年を迎えますが、数ある海外の活動国の中で、フィリピン・ネグロス島での活動が50周年、ネグロス島バゴ市にあるオイスカ・バゴ研修センターが40周年という記念すべき年でもあります。 1970年代のフィリピン・ネグロス島での活動初期の頃から活動に携わり、現在に至るまで現地で活動を続けているのが、現在オイスカ・バゴ研修センターの所長を務める渡辺重美所長です。渡辺氏は東京農業大学農学部農業拓殖学科を卒業後、国際協力NGOでの活動を志してオイスカに入り、1973年に農村開発協力業務に携わる為にフィリピンに渡りました。 現地では早速オイスカの先輩と共に農村地域での様々な活動に携わりますが、当時はまだ若く経験も浅かった渡辺氏には、多くの苦労や困難が降りかかってきました。様々な困難を、どのような信念で乗り越えていったのか。現地フィリピンの人達とどのように協力し活動をすすめていったのか。現在のオイスカ・バゴ研修センターの主な取り組みである養蚕の普及事業になぜ取り組むことになり、現状はどのようになっているのか。今回、現地ネグロス島とオンラインで結び渡辺所長からの報告があります。 そして、オイスカ一の若手駐在員の中川さんからのバゴ研修センターの活動報告や、現地で渡辺所長と共に養蚕事業に携わるバゴ研修センターのフィリピン人スタッフ2名からの養蚕の報告もあります。また、今回の報告会の為に、特別に編集をした動画「飢餓の島で安定した生計手段の確立を目指して」では、養蚕事業に関わる現地の農民や活動パートナーである行政職員の声を聞くこともできるなど、盛りだくさんの内容となっています。 国際協力の道に飛び込んだ一人の日本人の、約半世紀に及ぶフィリピン・ネグロス島の人達と共に歩んだ奮闘と取り組みの実情を知る良い機会になると思いますので、日本人駐在員の奮闘、半世紀にわたるフィリピン・ネグロス島での国際協力と養蚕事業の一部始終をぜひ最後までご覧ください。 私も2017年10月、パプアニューギニア(PNG)のラバウルエコテック研修センター30周年記念式典に参加し、荏原美和(えはらよいかず)前所長の人生を聞いて、オイスカ活動へのスイッチが入りました。偶然ですが、その荏原美和(えはらよいかず)前所長が今、四国研修センターに滞在されています。本来なら一杯やるところですが、自重しています。 ここから |
2021,05,18, Tuesday
ラグビーの日本選手権を兼ねたトップリーグ(TL)プレーオフトーナメント準決勝戦は、15日にパナソニック(ホワイト・カンファレンス=白組1位)48-21トヨタ自動車(レッド・カンファレンス=紅組2位)が行われ、パナソニックが後半トヨタ自動車を一気に引き離して逆転勝利した。
16日はサントリー(紅組1位)26-9クボタ(紅組3位)の熱戦が、大阪のラグビーフットボールの聖地花園ラグビー場で、無観客のなか繰り広げられた。流石にこのあたりの試合になると、一進一退逆転の繰り返し、手に汗握る戦いでありました。ラグビーのトップリーグは、今年が最後とか、23日の決勝戦はパナソニック対サントリー戦が、東京・秩父宮ラグビー場で行われる。これは見逃すことが出来ませんね。 15日のパナソニック戦は、何と言ってもパナソニックのWTB福岡の勇姿がどこまで見られるか、つまり今大会終了で引退を発表している彼は、負けたらここまでで医学の道へ進むという。叶うことなら決勝戦まで勝ち進んで、出来れば頂点を極めて引退と、有終の美を飾ってほしいと考えているラグビーファンは多いと思う。 福岡選手の走りは、ラグビーフットボールワールドカップ日本チームの快進撃の象徴だった。パナソニックを退社し、先にも書いたが『医師』への道を極めるという。彼なら立派な『赤ひげ先生』(『赤ひげ』は、1965年4月3日に公開された日本映画である。東宝配給。監督は黒澤明。主な出演は三船敏郎、加山雄三。)になれると思う。勿論市井の医者で、やさしい先生の象徴だ。 その福岡選手が3トライ。最後となる花園ラグビー場で勇姿を見せ「このスタジアムには沢山素晴らしい試合をさせてもらい、思い入れもある。ハットトリック(3トライ)で終われたのは、凄くよかった」と笑みを浮かべた。試合開始早々に自陣深くから快足を生かして駆け上がり、見方との絶妙な連系でノーホイッスル(審判の笛が一度もない)トライを決めた。なかなかないことであります。 一方サントリー(紅組1位)対クボタ(紅組3位)戦は、ここまで快進撃を続けてきたクボタは、本当によくやったと思うが、サントリーには辛酸をなめた。サントリーは、クボタをノートライの3ペナルティキックの9点に抑えた。テレビ中継を録画で観たのですが、クボタのトライシーンでサントリーの選手がグランドとボール間に手を入れて、グランディングさせず、クボタのトライを阻止したシーンは感動的だった。 主審は何度もビデオ検証を記録室に求め、それをオーロラビジョンで観客と共有する。もっとも無観客試合は、観客がいないが、記録室とのやり取りも生放送する。ラグビーが紳士のスポーツと言われる所以だ。プロ野球でもビデオ検証はなされているが、審判だけが見るのではなく、このようにオープンに見える化することが求められると私は思う。 |
2021,05,17, Monday
近日の小欄で、緊急事態宣言発出の隣県・岡山県を書いた。本日のネタは、地方で人口減少が加速する中、女性を管理職に積極登用することで経済や社会を活性化させる取り組みが、中国・四国・九州でなどで進んでいると言うネタ。トップを走る徳島県は、人材育成を強化し全国で初めて女性の管理職比率が2割を超えたという、お隣の徳島県の話題です。
地方では若い女性が東京など大都市圏に流出、人口減と経済低迷に拍車を掛ける悪環境になっていた。徳島県で課長以上に就く女性割合は、官民合わせて20.1%(2015年国勢調査、全国平均16.4%)。2位の熊本県(19%)に1ポイント超の差を付けた。「女性社長比率」調査でも徳島県や高知県、熊本県などが高く、国勢調査の結果と同様、西日本優位の「西高東低」状態が続いている。 民間企業や官公庁などで、課長級以上の管理職として働く男女に占める女性の割合をさす『女性の管理職比率』を、地域別で見ると中国・四国が17.8%でトップ。しかし米国・スエーデンの40%に比べると、かなり見劣りする。その他の例えば英国でも38%、フランスも35%、ドイツでも30%を超えている。 徳島県では1995年「女性の起業が世界を変える」として、人脈づくりを支える女性経営者の集まり「阿波女あきんど塾」が徳島市で発足した。2010年に創設した「きらめく女性大賞」の初代受賞者は、地域活性化に取り組む団体代表だった内藤佐和子さん。後の2020年選挙で市長になるなど、人材発掘にもつながっている。内藤市長は当選直後の人事で、初めて部長職に女性を引き上げた。 その前の18年には、徳島経済同友会に初の女性トップ代表幹事に、坂田千代子さんが就任している。現職は㈱アニバ出版代表取締役だが、その前は「あわわ出版」だったと思う。元盛和塾徳島の塾生で、生活をよく知っているのが女性。女性の方が消費者心理に近い。それが分かる女性がリーダーになるのは経営にとってもプラス。女性が活躍できるチャンスが、今来ていると言う。 また徳島のクラッシー社長・植田貴世子氏は、バランスのとれた社会を作るのに女性は重要な役割を果たせる。「女性よ声をあげろ」「あきらめて東京に行くな」「戦え」と常に思う。「男性が女性進出への理解を深める」、すると「女性が声を上げる」まさに啐啄同時(そったくどうじ)が両輪で進んでいく必要がある。声を受け入れる柔軟性を持てば社会は変わる。多様性に対応した地域、企業が主役に躍り出る。 昔からの言い伝えですが、讃岐男に阿波女がベストカップルと言われています。こんなこと言うと、阿波女にバッシングされるか。もう今では、死語になっているのか。 |