■カレンダー■
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
<<前月 2019年05月 次月>>
■お問い合わせは■
松野不動産電話番号:087-888-0011
■過去ログ■
社長日記過去ログ
■メニュー■
松野不動産ホームページ
香川菊池寛賞応募作
仏生山農業試験場跡地コンペ案
■管理者■
ADMIN ID:
ADMIN PW:
■新着記事■
■カテゴリー■
■月別アーカイブ■
■リンク■
■その他■
■来訪数■
合計: 1601042
今日: 1143
昨日: 3292

香川県警で初の女性警視となった安富行美さんが新聞に登場
四国新聞5月25日(土)の文化・生活蘭に、安富行美さんが紹介されている。少し前のこの欄「すてきな人」には、公益社団法人香川県宅地建物取引業協会高松西地区長・金森幹子さんが取り上げられていた。記者の視点は的確で、金森幹子さんは、香川県宅建協会12の常務理事の一人で、初の女性会長候補。二人に共通するのは、「男社会」に分け入って大活躍をされていることだろう。

副題として、「女性が活躍して当たり前の職業になってほしい」と書かれている。安富行美さんは、警察官にあこがれて交通指導員になったと聞いた。当時香川県警に、女性警察官の採用がなかった。採用が始まったのは、結婚と出産を経た28歳の時。受験資格のある最後の年だった。見事合格し、1994年に香川県警の女性警察官第一期生として採用された。

私の安富行美さんとの出会いは、私が香川県中小企業家同友会の共同求人委員長の時、新卒の共同入社式の記念講演を、ある人を介して安富行美さんに依頼した時でありました。働くことのモチベーションは、損得勘定ばかりではなく使命感・責任感という高次元の理由もあるのではないかと思い、彼女に依頼した。

幸いなことに安富行美さんには心良く引き受けて頂いたのだが、同友会内部の常務理事会・理事会等で揉めた。警察人という企業人でない講師の話は、かけ離れていて、官僚型というか公務員気質の話しはなじまないというのが理由だった。比較的理解が深かった、三宅昭二さんまでに反対された。その頃の私はとがっていて、どうしてもやると強行した。

結果彼女の話は多くの若者の心を掴んだようだったが、経営者群にはどう映ったのか。一番印象に残ったのは、非番で子どもらと集団でBBQをやっていて、まさにいま肉を食べようとしたその時に、非常呼び出しがあって子どもらに不義理をしたと笑っていた。本当は、食べたかったのが叶わなかった恨み節だったのかも知れない。

その後安富行美さんを見たのは、香川県が会場となった育樹祭(海関係だったかも知れない)に来高され、讃岐路を走る雅子皇太子妃のクルマだった。後ろの席に雅子皇太子妃がいて、助手席に安富行美さんの凜とした姿がありました。香川県警が誇る、女性警官の一人です。今年警視と言うから、2年後にはどこか小さい警察署の署長に、まだ52歳というから、警視正に昇進されて、高松南・高松北署署長もあり得るか。

安富行美さんには、人材育成も期待している。講演依頼の面談時、ぴかぴかの1年生、つまり新入社員にエールを贈って下さいという誘いに、目を輝かせていた。彼女が他と違うところは、業界が違うからと逃げなかったこと。その当時から、現在の存在の片鱗がありました。楽しみな「すてきな人」の一人であります。



| http://nobuchin.0011.co.jp/index.php?e=4518 |
| 社長日記 | 06:45 AM | comments (0) | trackback (0) |
オイスカ四国支部高松推進協議会総会
21日15時から、マリンパレスさぬきで、オイスカ四国支部常任幹事会と、17時からオイスカ高松推進協議会の総会、懇親会が行われました。組織の具体的内容は、部外者には面白くない話しなので省略しますが、四国支部を支えている9推進協議会の総会日程が報告され、私もそれに参加するように言われてビックリしています。

オイスカ・インターナショナルは、「すべての人々がさまざまな違いを乗り越えて共存し、地球上のあらゆる生命の基盤を守り育てようとする世界」を目指して1961年に創立されました。現在、35の国と地域に組織を持つ国際NGOです。私が昨年行った、パブアニューギニア島のラバウルエコテック研修センターもその一つであります。設立30周年記念式典でした。

また公益財団法人オイスカは、1969年にオイスカ・インターナショナルの基本理念を具体的な活動によって推進する機関として生まれ、主にアジア・太平洋地域で農村開発や環境保全活動を展開しています。特に、人材育成に力を入れ、各国の青年が地域のリーダーとなれるよう研修を行っています。

私は、オイスカは「海外からの若者を育て、日本国内外で木を植える団体」と勝手に定義しています。その活動資金は、会費と寄付金だけであります。収入総額の50%が、日本国内の4研修センター(現在12カ国1地域から33名在籍)に分配されて、招聘する研修生の数になります。一人でも多くの研修生を呼ぶには、一人でも多くの会員さんを増やすしか方法がありません。

過去には外務省や農林水産省からの援助金があったようですが、小泉純一郎元総理大臣の時代に見直され、国からの援助金がなくなりました。その見返りとして、オイスカ会費は、法人が年額4万円、個人は年額2万円ですが、寄付金控除の対象となっています。崇高な理念を掲げて活動をしていますが、台所は失礼ながら火の車です。職員の給料も、薄給です。

最近は「技能実習生」の日本語教育を、企業や団体から依頼されて実施し、その収入が幾らか見込めるようになっています。30万人の技能実習生のうち、現在は80職種142作業を5カ国(フィリピン・マレーシア・インドネシア・ベトナム・ミャンマー)の170人に教える程度ですが、1道2府12県(香川県含む)に広がっています。「技能実習生」受入企業は、オイスカでの日本語教育には、賛助会員入会が条件になっています。

ただ平成31年4月1日からスタートした「特定技能者」の日本語教育は、既に日本語を学んで労働ビザを取得した者である等、公益財団法人オイスカの、定款に書かれている目的に合致しないモノで、こちらが増えても増収にならないとの報告が、公益財団法人オイスカ人材育成部・萬代保男前四国研修センター所長からありました。

さらに高松推進協議会の総会で、泉雅文氏(JR四国会長)の四国支部長転身のため、私がトコロテン式に高松推進協議会会長に押し出されました。オイスカは海外からの若者を育て、日本国内外で木を植える団体で、立派な国際NGOです。人の役に立つことが、人間として最も崇高な行いと信じて、2年間頑張ります。

最後に、これまでほとんど利用がなかった「ホテルマリンパレスさぬき」ですが、宴会食は工夫のされたなかなかの秀逸でした。会場下見した際に若い10名ほどのスタッフが、「僕らに任せて下さい」と豪語しただけの内容が伴っていました。全国市町村職員共済組合御用達ホテルで、トップは大西秀人高松市長だとか。至近のホテルパールガーデンも、これは侮れない。





| http://nobuchin.0011.co.jp/index.php?e=4517 |
| 社長日記 | 10:35 AM | comments (0) | trackback (0) |
形骸化する都市計画制度コンパクトな街の実現遠く
日本の都市計画の柱となる法律は、「都市計画法」で、今年は都市計画法(旧法)が制定されてから丁度100年になるという。都市計画法では、まず日本全国で都市計画区域を決める。当然宅地を前提しているから、江戸明治期の「都市」を中心として、都市計画区域が決まる。この中で、色々な開発規制がなされる。

従って、TV番組「ぽつんと一軒家」が建っているような山間の土地は、都市計画区域外だから、「集団規定」と呼ばれる規制はかからない。つまり、道路がないような所でも建築はできる。ただし、「単体規定」の、建物強度耐震等の、人間が住むのに必要最低限の性能は要求される。それも性善説だから、建築確認も完了証明もいらない。

話を戻すが、都市計画区域では積極的に整備を進める「市街化区域」と、開発行為を抑える「市街化調整区域」を定める。しかし2017年度の全国の開発許可件数(1,000㎡・300坪などの大規模開発)を見ると、52%が本来なら市街化を抑制すべき区域である市街化調整区域での案件であった。

抜け道がいろいろあるので、いつまでたっても地価が安い郊外の市街化調整区域における虫食い開発が止まらない。これを容認したままでは街がコンパクトにはならない。一方、市街地では空き家や空き地が増えて都市のスポンジ化が進み、にぎわいが消えていく。現在の、地方都市に共通する風景だ。

なかでも問題なのが、都市計画法34条第1項11号に基づいて、自治体が設けた条例を根拠とする規制緩和だが、激しい香川県下一円では平成16年に、「市街化区域」と「市街化調整区域」を分けていた「線引き」をなくした。全県で線引き廃止は、47都道府県で香川県だけである。

この結果、旧の市街化調整区域でパンドラの箱が開いたように、開発が急速に進み、小中学校で教室が足りないまでの現象が起きている。今年、あらたなグランドをつくった多肥小学校が、その象徴だ。自ずと受け皿の龍雲中学校も、限界水域を越える生徒数で、県下マンモス校1位2位を争うまでになっている。

人口減に合わせたコンパクトな街をつくることを目的で、都市再生特別法が改正されて5年になる。それにより、住宅や商業施設を集約する「立地適正化計画」をつくる地方都市(250市町村)が増えているが、まだ十分な効果は見られない。こんな現象を見て、高松市も立地適正化計画を18年3月に制定しています。

立地適正化計画は、市街化区域(用途地域)の内側に、住宅を集める「居住誘導区域」と店舗や福祉施設などの立地を促す「都市機能誘導区域」を設ける制度であります。仏生山町も、一般都市機能誘導区域に概ね含まれています。コトデン仏生山町から概ね800m、徒歩で10分が目安のようです。

さらに高松市は、「多核連携型コンパクトエコシティー」を標榜し、居住誘導区域外での開発要件を、「道路5m以上に接する」とする案を昨年発表し、大議論となっている。これまでの「道路4m以上」では、宅地開発が出来なくなるという荒技。まだ施行日が決まっていないが、こうなると確かにスプロール化は防げるが、売ろうにも売れなくなる地主がでる。損得ではなく、正しいことをやらないと禍根を残す。


| http://nobuchin.0011.co.jp/index.php?e=4516 |
| 社長日記 | 09:28 AM | comments (0) | trackback (0) |
春の叙勲受賞者が発表された
20日、令和で初となる2019年春の褒賞受賞者670人が発表された。県内からは緑綬1人、藍綬4人の計5人に吉報が届いた。残念ながら既知はいなかった。一方21日には、春の叙勲受賞者が発表された。こちらにはよく知る人も、有名人も名を連ねていた。県関係者は県内在住者72人、県外在住者10人の計82人が受賞された。みなさん、おめでとうございます。

それぞれに歴史があると思いますが、旭日小綬章の真鍋康彦さん(81)は、高松琴平電気鉄道会長ですが、「県民の支援や社員全員の努力、そして、いつもそばで支えてくれた妻のおかげ」とインタビューに答えています。奥様は、徳島大塚製薬創業者の娘さん。受賞者のみなさんは、口を揃えて「妻のおかげ」と言うのですが、その通りだと私も思います。それで奥様に着物をプレゼントして、皇居へ行くのです。

真鍋康彦さんは、経営破綻した高松琴平電気鉄道の再建を請負、この会長日記が始まった2002年から社長、14年からは会長を務めて経営基盤を安定させ、企業イメージを大きく飛躍させた功績です。確かにコトデンは、大西体制から真鍋体制になり、大きく変わりました。非接触式電子カード・イルカ(IruCa)も独自に開発されて、電車の車掌のみならず、運転手も女性を起用しています。

地元経済界などから推される形で、香川日産自動車社長から転身。「鉄道が街づくりの幹になる」と強調し、地域貢献への使命感も強い。私のマイカーも「日産ティアナー」で、昨日は、コトデン瓦町フラッグ11階イタリアンビアガーデンで、弊社社員からの県知事賞受賞祝賀会が開催されました。ありがとうございます。私は、コトデンファンでもあります。

また旭日双光章に、太田英章(86)さんの名前がありました。池田塾でご一緒させて頂いております。過去に市長選に出馬され、落選されましたが、高松市を良くしたいという熱意に私も感動したことを今でも覚えています。木材の安定供給のため、62年に県木材工業(現・臨海企業)団地協同組合を設立。設立から55年余にわたり組合運営の中枢を担い、今も代表理事を務めている。

瑞宝双光章には、地元仏生山町の眼科医・福田尚子(82)さんが学校医・学校保健功労、吉村正則(70)さんは保護司・更生保護功労でそれぞれ受賞されます。旭日単光章に、十河孝男(72)さんが中小企業振興功労。瑞宝単光章に、為広豊明(72)さんが調停委員功労です。いずれも24日(金)に東京で表彰式があり、皇居へ参内するとのことでした。

旭日章は、「国家又ハ公共ニ対シ勲績アル者」に授与すると定められ(勲章制定ノ件2条1項)、具体的には「社会の様々な分野における功績の内容に着目し、顕著な功績を挙げた者を表彰する場合に授与する」とし、瑞宝章は、「国家又ハ公共ニ対シ積年ノ功労アル者」に授与すると定められ(勲章制定ノ件3条1項)、具体的には「国及び地方公共団体の公務」または「公共的な業務」に長年にわたり従事して功労を積み重ね、成績を挙げた者を表彰する場合に授与されると規定されている。




| http://nobuchin.0011.co.jp/index.php?e=4515 |
| 社長日記 | 09:14 AM | comments (0) | trackback (0) |
琴電のレトロ電車いよいよ引退へ
私も週3回程度利用する琴電、金曜日の最終便は24時出発。これだと2次会3次会へも参加できる。ただし金曜日だけで、平日は23時半が最終便として運行されている。多くの市民は、讃岐路には公共交通網がないと言うが、琴電は市民の足として大活躍している。乗らない者が、文句を言っても始まらないと思う。

その琴電の車両だが、大都会で現役を引退したものが、多く再利用されている。最近は、京急電鉄のラッピングのままの車両が、ひときわ目に付く。大正、昭和、平成、そして令和と讃岐路を駆け抜けた「高松琴平電気鉄道」(琴電・高松市)のレトロ電車4両の内3両(1両は災害時の対応として残す)が、20年と21年のゴールデンウィーク後に引退すると発表された。

私の住む仏生山町に、琴電の仏生山工場があり、年に数回の「電車まつり」をしている。日常的に車両を撮影する鉄道ファンも、多い。母親と電車を見に来るちびっ子もいる。私は車両の番号付けの仕組みは分からないのですが、23号と呼ばれている車両の製造年月日は、大正14年10月で、20年のGW後に引退します。亡くなった母親と同じ年生まれで、94歳になります。

最古参の23号は、大阪鉄道(現・近畿日本鉄道)の製造で1963年に琴電が譲り受けて以降、営業運転で約185万㎞、地球46周分を走っている。そのメンテナンス技術も、賞賛に値する。私が見るところ、琴電の技術者は、自衛隊員のようにすべてを自作する。広軌車両を狭軌の自分用に改造するのは勿論のこと、駅舎からプラットホームまで社内の人員で造る。

120号は、大正15年10月製造、そして2021年GW後に引退。500号は昭和3年3月に製造されて、こちらは20年のGW後の引退です。今回、レトロ電車の引退では最長2年という人気アイドル並みの「準備期間」を設けた。この先一段と、鉄道ファン(鉄ちゃん)が仏生山工場へ来ることでしょう。

日本の地方鉄道史を駆け抜けた車両は、引退後の行き先を待ちつつ月に一度、特別列車として沿道や鉄道ファンを乗せて、見慣れた風景に動く彩りを添えている。引退の理由は、年間数百万円に上る維持費や修繕要員の確保が難しくなってきたこと。また琴平線の新駅2増に加えて、複線化で車両の置き場所がなくなることなど。

申し出があれば、譲渡することも検討するという。相手は法人個人を問わない。しかし「静態保存先」が確保出来なければ、解体する予定だ。解体したら、部品の争奪戦で賑わうかもしれない。


| http://nobuchin.0011.co.jp/index.php?e=4514 |
| 社長日記 | 09:33 AM | comments (0) | trackback (0) |
PAGE TOP ↑