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琴電のレトロ電車いよいよ引退へ
私も週3回程度利用する琴電、金曜日の最終便は24時出発。これだと2次会3次会へも参加できる。ただし金曜日だけで、平日は23時半が最終便として運行されている。多くの市民は、讃岐路には公共交通網がないと言うが、琴電は市民の足として大活躍している。乗らない者が、文句を言っても始まらないと思う。

その琴電の車両だが、大都会で現役を引退したものが、多く再利用されている。最近は、京急電鉄のラッピングのままの車両が、ひときわ目に付く。大正、昭和、平成、そして令和と讃岐路を駆け抜けた「高松琴平電気鉄道」(琴電・高松市)のレトロ電車4両の内3両(1両は災害時の対応として残す)が、20年と21年のゴールデンウィーク後に引退すると発表された。

私の住む仏生山町に、琴電の仏生山工場があり、年に数回の「電車まつり」をしている。日常的に車両を撮影する鉄道ファンも、多い。母親と電車を見に来るちびっ子もいる。私は車両の番号付けの仕組みは分からないのですが、23号と呼ばれている車両の製造年月日は、大正14年10月で、20年のGW後に引退します。亡くなった母親と同じ年生まれで、94歳になります。

最古参の23号は、大阪鉄道(現・近畿日本鉄道)の製造で1963年に琴電が譲り受けて以降、営業運転で約185万㎞、地球46周分を走っている。そのメンテナンス技術も、賞賛に値する。私が見るところ、琴電の技術者は、自衛隊員のようにすべてを自作する。広軌車両を狭軌の自分用に改造するのは勿論のこと、駅舎からプラットホームまで社内の人員で造る。

120号は、大正15年10月製造、そして2021年GW後に引退。500号は昭和3年3月に製造されて、こちらは20年のGW後の引退です。今回、レトロ電車の引退では最長2年という人気アイドル並みの「準備期間」を設けた。この先一段と、鉄道ファン(鉄ちゃん)が仏生山工場へ来ることでしょう。

日本の地方鉄道史を駆け抜けた車両は、引退後の行き先を待ちつつ月に一度、特別列車として沿道や鉄道ファンを乗せて、見慣れた風景に動く彩りを添えている。引退の理由は、年間数百万円に上る維持費や修繕要員の確保が難しくなってきたこと。また琴平線の新駅2増に加えて、複線化で車両の置き場所がなくなることなど。

申し出があれば、譲渡することも検討するという。相手は法人個人を問わない。しかし「静態保存先」が確保出来なければ、解体する予定だ。解体したら、部品の争奪戦で賑わうかもしれない。


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| 社長日記 | 09:33 AM | comments (0) | trackback (0) |
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