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新店舗開店情報『蔵出し味噌麺場田所商店』と『仏生山フレンチ・THE GLAD』
田所商店は、『味噌ラーメンの専門店』。その味噌味も、『北海道・信州』と多彩。元盛和塾生・田所史之氏の会社ですが、千葉を拠点に東京都内では地下鉄門前仲町駅近くに、そして四国には高知県南国市と高知市、徳島県板野郡北島町に『徳島北島店』がありながら、なぜか香川県を素通りしていました。大阪は言うに及ばず、ブラジル・サンパウロにも店があります。2016年の五輪前で、一杯1800円しました。何度もしつこいのですが、高松周辺には皆無でした。

数日前に弊社三条店へ赴き、久しぶりに『ゆめタウン高松』の中に入りました。目に付いたのは、『専門店スタッフ募集』でした。大変驚きました。「あの田所さんの店かな?」と。私はうどんやラーメンが好物で、高齢者の身体には良くないとは心得ていますが、中でも味噌ラーメンが大好物。田所商店は上京した折や、大阪出張でも人を誘って立ち寄りました。

『株式会社ヒロセラ』とありますから、恐らくフランチャイズの店舗だと思いますが、食べる身では直営であるかないかは、問題ではありません。あの味が頂けるなら、実にうれしい。まだ本人から連絡はありませんが、恐らく開店の12月16日(木)大安には、田所史之氏も来高されることでしょう。楽しみです。長らくコトデン片原町駅近くに『北海』という中華の老舗がありましたが、ここの『北海ラーメン』も閉店しています。



開店の場所は『1Fレストラン街』とあり、暇しているもので現場を見に行きました。過去に『大戸や』があったところです。有名店でも飲食は、出入りが激しいと感じます。場所代も安くないことでしょうから。うどん処でラーメンは不毛だとも言われますが、そうではありません。コスパーが合えば、お客様も引きも切らず、押しかけて行きます。

次ぎに仏生山町内、過去に『アジール』という名称で飲食店として有名になった『空』も、12月4日(土)大安に『仏生山フレンチ・THE GLAD』と『鉄板フレンチgarden』の2店舗が同時開店です。こちらは工事中であることが、外からでも確認できます。大規模リニューアルで、結婚式パーティまで出来ると聞きました。こちらはそもそもの古民家を、飲食店舗にリノベーションして人気を博していました。



いずれの店も、年末の稼ぎ時めがけて開店します。大変だと思いますが、良いものを提供して下さると、利用する側としてはありがたい。




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| 社長日記 | 09:01 AM | comments (0) | trackback (0) |
紅葉の観音寺・三豊地区再発見by大川観光
もう2年ぶりぐらいになりますか、日帰りバス観光旅行です。大川観光の湯之上一彦さんに声掛けられ、夫婦で参加しました。コトデン仏生山駅から瓦町駅、ここから大型バスに乗車します。時間が9:35と、比較的ゆっくりしたプランで楽でした。『かまくら会』と称して、過去に秋田県の由利本荘市や山形県の鶴岡・酒田市へ同行したメンバーも一緒です。

高松西インターから高松道を西進、大野原ICで降りて『豊稔池堰堤(ほうねんいけえんてい)』へ。日本最古のアーチ式ダムと言われています。私は確か3度目です。そうそう日帰り旅行の目玉は、昼食ですかね。昼食会場は、手づくり豆腐とおばんざい『天水分(あめのみまり)』。観音寺市大野原町にありますが、普通大型バスが入るようなところではありません。



古い日本家屋をリノベーションして、食事処として利用しています。男女若者が働いています。最近作られた、新名所ですね。添乗員が漏らした情報によると、3千円の昼食と言うことでした。そうそう今日のツアー料金個人負担は1人5千円。それに2千円のお土産物・飲食・観光施設で使える『新かがわ割クーポン』が付いています。香川県からのツアー料金5千円も、ついて個人負担5千円。

その後雲辺寺・ロープウェイを利用して、標高900メートルの山頂まで約7分。私も3度ほど、ここの人工スキーに来たことがあります。この隣が『雲辺寺』で、四国八十八箇所霊場第66番札所、所在地は徳島県(阿波)ですが霊場としては讃岐の札所として扱われ、「涅槃の道場」の始まりで、八十八箇所中で最も標高が高い位置(本堂の位置で標高900m付近)にあり、最後の「関所寺」である。夏は、紫陽花が全山一面に咲き、晩秋には紅葉の名所となり、冬はロープーウエイ利用が可能なため、雪の風景となる場所です。





その後先の『新かがわ割クーポン(当日限定使用可)』を使う目的もあって、『あおはた鮮魚店』と『白栄堂』へ立ち寄り、レジが大混雑。さあそして、『父母ヶ浜(ちちぶがはま)』です。若者を中心として、今大人気の観光スポット。高校生の修学旅行生もバス3台が来ています。平時の16時ですが、これほど広いところにこれほどまでの人がいることにビックリ。

ここは私も初めてで、要するに砂の海岸の先に太陽が沈むのです。その夕日を背景にして、途中にいくつかの『潮だまり(水たまり)』が出来ていて、そこに老若男女がいろいろなポーズをするのが撮影されています。天空を映し出す鏡のような光景を、簡単に作り出すことが出来ます。つまりモデル役が潮だまりの向こうへ移動し、ここから撮影係がシャッターを押します。上手な女子は、撮影を偶然隣になった人にお願いし、自らも潮だまりの向こうへ行って被写体になっていました。

簡単にできるところが、人気の源だと思いました。もっとも本格的な写真は、もっと大がかりな舞台設定をしています。いずれにしても数年前には見向きもしなかった場所が、にわかに全国区になっています。ここに、新しい観光の一端を見た思いがしました。

恥ずかしながら私

種明かしの潮たまり



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| 社長日記 | 09:30 AM | comments (0) | trackback (0) |
仏生山コミュニティセンター駐車場拡張事業計画調印式
2021年11月18日(木)10時、かねてより募金を集めていた標題の事業ですが、第1弾の山を越えて、本日所有者から一部移転の登記を得て、建物解体が出来る段階まで辿り着きました。所有者の香西学さんも、この地で生まれ育ち、使わなくなった実家を何とか地域の役立ちに使ってもらえないか、その思いやりの一点から本日の調印式を迎えることが出来ました。

松野不動産社員高木久美子の司会で、森山亮(あきら・仏生山地区コミュニティ協議会副会長&仏生山地区連合自治会長)氏の開会挨拶の後、売買契約書・登記委任状に売主買主が署名を行い、本日一部所有権移転が整いました。登記に関与したのは、仏生山町在住の岡田浩司司法書士。先の開会挨拶で森山亮氏は、『未来へと、残せるもののある誇り/生かすのは今、思い集めて』の一首を詠いました。元教員、さすが挨拶も少しレベルが違っていました。調印式が締まりました。

そもそもは、私から香西さんからどちらからともなく、文字通り『啐啄同時』。私は不動産仲介業者として、香西学さんの不動産の評価依頼を受けて査定価格を算出して、一般購入者へも売却は可能だが、公民館(コミュニティセンター)の駐車場としての利活用が最適使用だと判断し、高松市へ購入の働きかけをしました。諸般の理由から購入不可の結論から、地域住民からの浄財を集めて売買代金にすることとしました。

本日は一部移転(支払額が一部金)を得て、継続して募金を続けます。香西学様の理解を得て、建物解体後跡地利用の許可を得ております。本来なら代金全額の支払いを条件として、土地の利活用が出来るのです。解体に対しては、高松市施工のフェンスを取り除き、ここから重機を入れることが出来れば、当初見積額より廉価で済みます。2~3年後になると思いますが、最終的には高松市へ寄付することにしています。

買主の「特定非営利活動法人仏生山魂再開発フォーラム」は、現在私(松野誠寛)が理事長であります。そもそも6年前(平成27年10月16日)に、平池堤の昭和乙女の像の改修をするために設立したNPO法人。『仏生山町およびその周辺の住民に対して、まちづくりの推進を図る活動に関する事業を行い、住民生活の向上に寄与することを目的』としています。

その昭和乙女の像から平成乙女の像の建て替えは、丁度3年前の今日、ブロンズ像として建立が叶いました。今日は、いみじくもその記念日であります。当時何のバックボーンもなく660万円を集め、当初計画を達成できました。この駐車場拡張計画も、2年後には完成すると考えています。本日の調印式には、賛同団体から仏生山小学校PTA大山美穂会長にも祝辞を頂きました。

これからも仏生山町住民が使う仏生山コミュニティセンター、出張所はみんなの病院の北に建設中の交流センターへ移転をしますが、コミセンはこれからも町民の活動の拠点として活躍します。本日第1弾が、無事終わりました。2弾目へのスタートです。



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| 社長日記 | 08:29 AM | comments (0) | trackback (0) |
秋の塩江町は近場の行楽地&温泉郷
高松市の奥座敷、高松空港からまだ南に、温泉の町・塩江町があります。平成の大合併で、高松市と一つになりました。私も、意図的にここへよく来ています。前回は『塩江博物館』と『谷岡食堂』でした。本日は、『塩江道の駅』と『いこい食堂』にしました。そうそうその前に、『岩部八幡宮』へ立ち寄り。岩部八幡宮へは、昨年もやって来ました。雌雄二本のイチョウの木が有名で、写真撮影が続いていました。

岩部 (いわぶ)八幡神社には「讃岐大銀杏」という樹齢400年と600年のイチョウがあり、 高松市内の紅葉の名所のひとつです。 毎年、10月下旬くらいから、岩部八幡神社の話題が増えます。岩部八幡神社の創始は、養老年間(西暦717~724年)あるいは天平年間(西暦729~749年)と言われています。

古くは現社地の北方に鎮座していたのだが、後に現社地の北西山麓に遷座したと伝わり、その旧跡と考えられる礎石が素婆倶羅社(そばくらしゃ)前に見られます。その後、山上に遷座し明徳3年(西暦1392年)には、細川頼之によって社殿の修築がなされた。イチョウは、その頃に植えられたと伝えられています。このイチョウは、県指定の天然記念物に指定され、樹齢約600年の大いちょうがあり、秋には見ごろを迎えます。

2本の古い大銀杏ですから夫婦円満で健康でありますように、また縁結びの神様であり親子の守り神でもあります。また階段を100数十段上がったところに本殿があり、そこまで上がらない人は、イチョウのほとりの社務所前に展開されている休憩処で、甘酒やぜんざいの接待(有料)があります。週末は沢山の参拝客のため、ボランティアの交通整理員が出ているほど。中学生の巫女さんが、神の笑顔を伝授しています。衣装がイチョウと合うのか、引っ張りだこです。

『道の駅』も買い物客で、駐車場も一杯。行基の湯の広場では、秋のイベントを開催していて、これまた沢山の人でした。メインは、山菜うどんを凌いで、『塩江温泉鉄道』。香川大学生が、戦前に塩江-仏生山を走っていたガソリンカー(1929-1941)の原寸大復元模型を展示し、車両ですから見学者を中に入れています。大きさの再現で、内装は木組みのままですから質素でした。車両は、今のコトデン車両より二廻りほど小型です。

なかに塩江駅のジオラマが展示されていて、今も残る伽羅土(からと)トンネルなどが再現されています。川の中には、コンクリート造の橋脚もとり残されています。戦争中の鉄不足で徴収されて、ガソリンカーは廃路になりました。これには私も、大変興味があります。肝心要の塩江温泉郷行基の湯、私ら夫婦は『烏の行水派』で今年も入湯はありません。自宅から30分足らず、紅葉が始まり、紅葉刈りなら内場ダム湖周辺がお薦めです。

そうそう忘れそうでした。『一般社団法人トピカ』のことです。一般社団法人トピカは、塩江町の住民と塩江町地域おこし協力隊が中心となって塩江の町おこしをするために立ち上げた団体です。塩江町は古くから阿波(徳島県)、讃岐の旅路の宿場町、温泉地として人々の生活を支えていた歴史があります。

しかし、インフラの飛躍的な発展や観光の形の変化など、様々な要因によって産業は大きく衰退し、少子高齢化の町となってしまいました。私たちはそんな塩江に、『過去の賑わいを取り戻す』ということを安易に選択せず、『小さくなっていくコミュニティの中にいかに幸福を作り出すか』という問いを立てました。一般社団法人トピカは大量の観光客に依存する経済ではなく、小さくとも地元住民が主体的に関わる幸福な共同体のあり方を追求しています。

トピカは10年先、20年先の塩江を考えて様々なプロジェクトを運営しています。私たちは塩江が、その土地に受け継がれる知識と技術に誇りをもって生きる住民と、それらを学びながら外の新しい目線を持った訪問者が訪れバランス良く交流する町にして行きたいと思っています。そのために、塩江の住民が「なんちゃない」と思っている生存の技法を掘り起こし、保存し、讃え、町の外に伝えて行きます。(一般社団法人TOPICAトピカ資料より抜粋)











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| 社長日記 | 09:07 AM | comments (0) | trackback (0) |
鉄筋結束ロボットの自動化進むby建ロボテック(香川県三木町)
久しぶりに日経新聞からネタをとってみます。スタートアップの建ロボテック(香川県三木町)は、建設工事を省力化するロボットの開発を進めている。2020年には建物の骨組みとなる鉄筋同士を針金で自動結束する『トモロボ』の販売を開始し、22年1月にはトモロボの作業効率を高める、管理ロボのレンタルを始める。

少子高齢化に伴って、深刻さを増している建設人材不足の解消につなげる。鉄筋結束は、コンクリートを打つ前に鉄筋を固定し、建物の強度を維持するための工程。腰をかがめての作業となる。結束工事を手掛ける都島興業(香川県さぬき市)の真部達也社長は、炎天下でも単純作業を繰り返していた鉄筋工としての経験から、作業を自動化できないかと考え、13年に建ロボテックを立ち上げた。

鉄筋の上を自律走行するトモロボは、他社製の鉄筋結束機を取り付けて使用する。鉄筋の交点をセンサーで把握しながら1カ所当たり3秒弱で結び、1つ飛ばしなど結束箇所の指定も出来る。導入で4割弱省力化でき、建設現場60カ所以上で導入されてきた。建設業就業者は高齢化が進み、今後一層の人手不足が見込まれる。

鉄筋工の人手不足は、建設業就業者の中でも深刻で、21年9月の有効求人倍率をみると「建設・採掘の職業」が4.87倍なのに対し、そのうち鉄筋工を含む「建物躯体工事」は7.99倍にのぼる。私は現場を知らないが、外国人技能実習生の来日は新型コロナウィルスの感染拡大に伴い休止していると聞く。労働力確保の観点から考えると、機械化・自動化が望まれる。

建ロボテックは22年から、より多くのトモロボを1人で監督するためのサービスを始める。トモロボが1つのレーンで作業を終えた後に、隣のレーンに自動で移動させる必要があるが、鉄筋端での折り返しを自動化するオペレーターロボットを新たに開発した。鉄筋の両端に1台ずつ設置する。トモロボが折り返し地点に到達するとオペレーターロボットに乗り上げ、その間にオペレーターロボットが移動しトモロボは、次のレーンで再び自律走行する。

トモロボ(子機)とオペレーターロボット(親機)は、互いの位置を送受信しながら効率的な作業順序を決めている。従来は監督者1人で3台のトモロボを運用したが、スライドを自動化することで6台を同時に扱うことが可能になる。トモロボ2台、オペレーターロボット2台のセットでレンタル料は月額36万円。

人手不足という課題から始まった地方発スタートアップが、全国の建設業者を支えるロボット親子の実現に挑む。引き手あまた、どこでも欲しいロボットのように、異業種の素人でも渇望するのではないだろうか。先に書いたように、これまで労働力不足を外国人技能実習生に求めていたが、それがなくなりいよいよ不足した建設現場からの需要と供給だ。

建物の骨組みとなる鉄筋同士を針金で結束する作業は、ベテラン技も機械の自動化もさほど差はないように思う。どうしても必要な課程だけに、これまでなかった自動化が叶えば、作業効率が上がり、しいては建築費の削減につながるのではないか。詳細は分からないが、床が出来れば壁部分の結束、さらには高所部分の結束につながれば、使い勝ってが数段良くなる。もう既にやっているとは思うが。


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| 社長日記 | 08:54 AM | comments (0) | trackback (0) |
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