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健大高崎が第96回選抜高校野球大会優勝
96回選抜大会最終日の31日、甲子園球場で決勝が行われ、高崎健康福祉大高崎(群馬)が報徳学園(兵庫)に3-2で競り勝ち、春夏通じて初の優勝を果たした。群馬県勢の選抜優勝は、初めてのことのようです。おめでとう御座います。

前回大会準優勝の地元報徳学園は、一回に2得点をし、今年こそは優勝をと頑張ったが、二回以降は好機に得点できず、2002年以来3度目の選抜制覇はならなかった。しかし強豪ひしめく関西・兵庫にあって、連続決勝戦まで勝ち上がるチーム力は、勝った健大高崎に肩を並べる強豪であります。甲子園球場の地元兵庫県勢が元気だと、大会が盛り上がります。やはり地元横綱に、地方の勢いのある平幕があたる、日本人が好きな構図の大舞台の今回は脇役になりましたが、健闘を称えたい。

今年の傾向として顕著だったのは、低反発の新基準バットが採用されたことで、長打がそれもホームランとなると極端に減った。ホームラン3本というのは、選抜大会では1975(昭和50)年の金属バット導入後、1大会の最少本塁打数。それも確かランニングホームランが1本あったと思う。勿論最少記録だが、これまでは1996(平成8)年の5本が最少だった。

明徳義塾(高知)の馬淵史郎監督は、「現場目線だと、野球が面白くなった。本来の姿に戻ってきた」と歓迎コメントを発している。「下位打線が出会い頭に本塁打を打つことがなくなった。長打が望めない分、四球、失策を出さないことが重要になる」という。普段の練習でキャッチボールを丁寧に行うなど、守備の正確性が勝敗にかかわると分析している。

外野の守備位置も特徴的だった。外野手の頭を越えるような長打が出にくいことを想定。走者二塁のケースでは、本塁生還を防ぐために、外野の前進守備が従来より顕著となった。また8強は、すべて複数投手を起用した。『1週間500球』の投球制限があるため、エースが投げ抜くチームは珍しくなってきた。

低反発の新基準バット導入の影響からか、ロースコアの試合が多かった。関係者はやきもきするが、見ている第三者はこれぞ高校野球だと喜ぶ。喜ばすために死闘を繰り広げているわけではないのですが、手に汗握りながら一喜一憂する姿に、高校球児の自分勝手な理想像を重ねる。今大会の二桁得点は阿南光の初戦11点の1試合だけ。第2試合は3得点、第3試合は0点に終わっている。1点差試合は11試合と、競り合った展開が目立った。夏は、打者有利と言われる。夏も楽しみだ。

さて『健大高崎』だが、23年前(2001年頃に遡る)、15人程度の同好会からスタートしたチームが全国の頂点に駆け上がった。走塁や小技で圧力をかける『機動破壊』を掲げて高校野球界を席巻したのが約10年前。優勝監督になった青柳監督は、(当時は)「足を使うことしかなかった。何かに特化した攻撃が必要だった」と弱者が勝つための戦術だったと苦笑いする。

また甲子園出場を機に、入ってくる選手のレベルが上がったと青柳監督は言う。箱山と森山は、中学時代に全国大会に出場。今大会5試合で無失点のエース佐藤は、15歳以下の日本代表経験者だ。箱山は「この代は『歴代最強』と呼ばれる能力のある選手がいるし、優勝すると思ってここに入った」と語っている。

甲子園大会の歴史100年、戦争で中断した4大会の重さを感じる。第1回優勝の高松商も歴史の波に流され棹さし、今も健在。23年前に同好会から始まった健大高崎、老いも若きも試行錯誤を繰り返しながら主役を変え、脇役がそれとなく寄り添う高校野球だとよろこぶのは、私だけではないでしょう。優勝準優勝両校に、ありがとうと手を合わせる私です。平和で、甲子園大会が続きますように。


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| 社長日記 | 09:54 AM | comments (0) | trackback (0) |

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