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飢餓海峡by水上勉
「STAY HOME」中は、テレビもよく観ます。地デジチャンネルに飽きたらBS放送、これがダメなら『007/』シリーズのDVDを観ることにしています。たまに撮りためた録画も、観ることがあります。そんな19日の夜、石川さゆりさんがBS歌番組で『飢餓海峡』を歌っていました。もちろん標題の飢餓海峡の映画版をモチーフとしていますが、やっぱり水上勉の『飢餓海峡』を思い出します。

石川さゆりさんの「飢餓海峡」(作詞:吉岡治 作曲:弦哲也)1994年発売(小説から30年後)。歌詞は映画版に準拠したものとなっている、これは原作にはない爪の件(原作では主人公・犬飼多吉が使った安全カミソリ)から、インスピレーションを受けた作詞のため。歌い出しは、「ちり紙につつんだ足の爪 後生大事に持ってます あなたに逢いたくなったら 頬っぺにチクチク刺してみる」。

石川さゆりさんの『飢餓海峡』、1番と3番の最後が「あゝこの舟は木の葉舟 漕いでも漕いでもたどる岸ない飢餓海峡」となっています。そうなのです、水上勉の小説飢餓海峡の主人公も北海道から対岸まで、こんな思いで渡ったのだろうと思います。石川さゆりさんは情念の歌で、水上勉の飢餓海峡は生と死と飢えの物語です。専門家は、北海道から手漕ぎ舟で津軽海峡を渡ることは、絶対あり得ないと主張するがこれは物語だ。

『飢餓海峡』は、水上勉の推理小説。1962(昭和37)年1月から1962年12月まで、週刊朝日に連載された(1千枚の原稿)ものの完結にはならず、その後、本人加筆(530枚)し1963年9月15日に、朝日新聞社にて刊行した。私はその第十五刷(1971(昭和46)年2月28日)を、発刊直後に神奈川県川崎市内の本屋でたまたま手にすることになります。水上勉が、推理作家から社会派の作家へと移行する時期の作品で、戦後の貧困に喘ぐ時期を生きることになった多くの日本人の悲哀が、主要な登場人物に投影されている。

物語は、戦後まだ間もない昭和22年、北海道岩幌町の質店に強盗が押し入って大金を強奪したうえ、一家を惨殺し、証拠隠滅のため火を放つ事件が発生する。火は市街に延焼し、強風に煽られて結果的に街の大半を焼き尽くすまでの大火となった。その夜、北海道地方を襲った猛烈な台風により、青函連絡船・層雲丸が転覆して多数の死傷者が出る。

翌日から現場で遺体収容に従事した函館警察は、連絡船の乗船名簿に該当しない、身元不明の2遺体を発見する。このあたりは、実際に起こった『洞爺丸事故』や、北海道の『岩内大火』を題材にして着想されていると思われる。 函館署の弓坂刑事は、身元不明の2遺体が質店襲撃犯3人の内の2人であり、強奪した金をめぐる仲間割れで殺されたと推測する。

同じ頃、青森県大湊(現:むつ市)の娼婦・杉戸八重は、一夜を共にした犬飼と名乗る見知らぬ客から、思いがけない大金(7万円)を渡される。悲惨な境涯から抜け出したいと願っていながらも、現実に押しつぶされかけていた八重に、その大金は希望を与えてくれるものだった。その後、犬飼を追跡する弓坂刑事が大湊に現れて八重を尋問するが、八重は犬飼をかばって何も話さなかった。

八重は借金を清算して足を洗い東京に出るが、犬飼の恩を忘れることはなく、金を包んであった新聞と、犬飼が使った安全カミソリ(映画版では犬飼の爪)を肌身はなさず持っていた。10年後、八重はふと目にした新聞の紙面に驚愕する。舞鶴で食品会社を経営する事業家・樽見京一郎なる人物が、刑余者の更生事業資金に3000万円を寄贈したという。

記事に添えられた樽見の写真には、行方が知れないままになっていた恩人・犬飼の面影があった。八重は舞鶴に赴くが、樽見と会った翌朝、彼女は海岸に浮かぶ死体となって発見された。当初は心中自殺と思われたが、東舞鶴署の捜査官・味村刑事は八重の懐中から樽見に関する新聞の切り抜きを発見し、彼女の死は偽装殺人であると看破する。

彼の執拗な捜査によって、10年前の台風の夜に津軽海峡の海上で起きた殺人事件の姿が徐々に浮かび上がり、捜査員らは、貧困の中で懸命に生きた者たちの想いや、その人生の悲劇を知ることになる。樽見京一郎(犬飼多吉)は、「あがいても、あがいても、すること、なすことが、だめだった私の人生」、「あの津軽海峡の悪魔の時間を忘れるために、なるべく善行を施し、人のために、世の中のためになることをするしかない」と決意して、実践する。

樽見京一郎(犬飼多吉)の自供では、殺したのは杉戸八重と心中に見せかけた殺した書生の二人だけで、北海道では一人も殺してないと言い張り、北海道へ身柄送致される自船から津軽海峡へ飛び込み最期を迎えた。今読んでもドキドキするが、川崎の書店で買い求めたこの『飢餓海峡』、一気に読みました。それでも途中になりましたが、日付はかわり、明大受験の当日になっていました。夢中で試験に臨み、受験後読み終えたのですが、私の愛読書と聞かれれば、迷わず『飢餓海峡』と答えています。

残念ながら帯はない 今と違って字数は膨大


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| 社長日記 | 10:22 AM | comments (0) | trackback (0) |

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