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高松栗林ライオンズクラブ第1347回郷屋敷移動例会
前回岡山での岡山後楽ライオンズクラブとの合同移動例会に続き、今日は「少年サッカー大会」支援のため、讃岐 牟礼の里 饂飩料理 郷屋敷での移動例会になりました。高松市の東郊外にあり、昼の例会でもあり、出席者減を心配しましたが案外大勢が集まってくれていました。例会後に、「指名委員会」を開催し、その後少年サッカーの応援です。

郷屋敷は、築後200年の古民家をうどん料理店に改修したものですが、料亭としての歴史は古く、もう半世紀近くやっているように思います。過去には香川宅建故植本義明会長が贔屓にして、役員会もここでの開催、また来賓の接待にもよく利用されていました。中心部から20分程度かかるのが難点ですが、建物と言い庭といい、文化財に認定されるほどの名所です。

久しぶりでしたが、料理も良かったですね。昼の例会ですから昼懐石までは手が出ず、松田展和会長から例会食費2,500円と聞いて、改めて良さを感じました。テーブル周辺の仲間は、これにばら寿司かいなり寿司が一口あれば完璧に讃岐料理だと、欲なことを言っていました。讃岐は、「うどんに寿司、あればおでん」が祭事のご馳走です。

さて例会ですが、「ライオンズの誓い」の唱和リーダーを任されたのですが、すらすら唱和できるはずが、冒頭で、「われわれは理性を高め」と間違ってしまいました。こんなこともあろうかと思い、封筒の表に正解を書いて用意していました。つまずいた後は、これを読みました。どうにか難がありましたが、転じて無事終えました。頭の正解は、「知性」でした。

例会後の「指名委員会」ですが、まず例会で指名委員12名の承認がなされ、委員会で委員長互選をします。前会長L増田宗樹が予定どおり選出され、次回の委員会を決定しました。次の会長は小竹彰ライオンと決まっていて問題ないのですが、その次の会長候補つまり第1副会長選出と、来期L小竹彰の幹事の選出がむずかしい。

当然候補はいるのですが、どの人もすんなり請けてくれません。出来ない理由を沢山言われますが、候補者は立派な資質と経験を持たれています。「ライオンズをよく知っている者」に委ねたいと誰しも思うのですが、なかなか説得に応じてくれません。これまで2度目の幹事はありましたが、2度目の会長は高松栗林ライオンズクラブではありません。

色々な案を考えるのですが、これからの会長職には、「会長ファンド」を創るのも一案かと思います。「名誉は金で買え」という、ライオンズの不文律は通用しなくなっているように思います。クラブメンバーの総意で会長選出するのであれば、時間はあがなえませんが、金銭は他の者が負担するとなれば、請けやすい人もいるように思います。

どのクラブも、会員減に苦悩しています。確かにクラブ数もエクステンションで増えて、ひとクラブの会員数は大きく減少しています。高松栗林ライオンズクラブでも、2年前に11人1年前に5名、そして今年4名の増ですが、退会もあります。もう一つ高齢化も頭の痛いところです。明日も、高松源平ライオンズクラブ結成25周年記念式典が、ホテルパールガーデンで開催され、私も喜んで駆けつける予定です。

このクラブも高齢化と会員減がありますが、来年7月からの第2副地区がバナーを送り出す計画をされています。候補者はドクターですが、香川県の東部23クラブに、協賛金を求めています。3年前に香川県西讃クラブからガバナーを出した時にも、協賛金があったのを踏襲しています。明日は気温がグッ下がるようですが、快晴ならすばらしい式典になることでしょう。





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| 社長日記 | 09:34 AM | comments (0) | trackback (0) |
高知新聞12月7日の記事から30年前の今日東証初の3万円超え
何とも懐かしい記事を、高速バスの中で拝見した。1988(昭和63)年12月7日、東京証券取引所の平均株価が初の3万円超え、3万50円82銭をつけたという内容。ちょうど30年前の今日、3万円の大台に乗った記事です。この頃は昭和バブルで、2万円に届いてのち1年10ヶ月で3万円超えを記録。株価も不動産も、狂乱に陥っていた日本。

この後の東証は、89年12月末、世に言う3万8915円をつけたが、その後のバブル崩壊で急落。90年に3万円を割り込んで、今日現在の日経平均株価は21,678円。この年7日に長崎市の本島等市長が、市議会で共産党議員の質問に、「天皇に戦争責任がある」と発言し、その後波紋を広げたのは記憶に新しい。

私は現在の株価は、頑張って支えている価格だと思うのです。安倍晋三首相の経済政策が功を奏して、安倍内閣スタート時点の7,000円台から約3倍にまで膨らんでいる。安倍内閣の終焉は、今の株価2万円超えから大きく減損する可能性が高い。

それは安倍晋三首相が辞めたら、日銀の黒田東彦総裁も辞めるだろうから、日銀の超緩和政策が終焉を迎える。次の総裁候補の雨宮正佳次副総裁は、金融引き締め派と言われている。まあ普通の人なら、「黒田バズーカ」と呼ばれるこれまでのような緩和策は、まずとれないだろう。ある人は、7,000円でスタートしたら原点回帰の7,000円だという。

30年前のバブル崩壊では、不動産バブルの印象が高いわれわれ宅建業者は、いま東京圏で言われている平成バブルの崩壊が、もう既に始まっていると認識しています。外国人の買いがなくなり、供給過多が続いています。賃料に対する期待値からも、売買値が高すぎます。どう見ても、不動産バブルは起こっています。


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| 社長日記 | 07:59 AM | comments (0) | trackback (0) |
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