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大谷翔平に見る商売繁盛の基本2/8
パルス出版から上梓された初版第1刷、社会教育家・田中真澄氏の標題の著書から紹介しています。昨日を思い出してください田中真澄氏のフィロソフィーは、『よい習慣を本気で実践し、物事の処理を素早く行動に移すこと』。これが成功の秘訣だし、大谷翔平選手の場合も、このお題目が見事に当てはまるというのです。今日は第1章『大谷翔平は日本の伝統が生んだ賜物』から、拾ってみます。

日本人はよい習慣を大切にしてきた民族で、現在世界中で、よい習慣を最も実践しているのは日本人だと言うことです。時は明治以前まで遡りますが、明治時代の文明開化の影響を受ける前の日本人を、来日した欧米の知識人はどう観察していたのか。その一つに、カール・ツンベルク(1743~1828)の『江戸参府随行記』(平凡社東洋文庫)があります。

これによると、国民は大変に寛容でしかも善良である。やさしさや親切をもってすれば、国民を指導し動かすことも出来るが、脅迫や頑固さをもって動かすことは全く出来ないと書かれている。その結論から言えるのは、江戸時代の日本人も、今日の日本人も性格的には大きな違いはないと言うことです。したがって、大谷翔平選手の前向きで明るい性格は、長い日本の歴史が生んだものと言ってもいいでしょう。ですから、彼の素晴らしい人格を形成している習慣は、日本人のよい伝統の賜物と考えられる。少し絶対視が強すぎると、私は感じますが。

困った時に、周りの人のために頑張るのが日本人だし、大谷翔平選手は良い習慣の訓練で最適の場である家庭環境に恵まれた。全部の日本人が大谷翔平選手になれるわけではないが、大谷には両親や兄弟の振るまいが最高の教育であったと言うことです。1876(明治9)年に福沢諭吉が著した論文『家庭習慣の教えを諭す』に、両親の家庭における行動は、普段の勉強で学ぶことよりも、ずっと大きな影響を子どもに与えると説いているのです。

両親の背中を見て育った大谷、両親は謙虚で礼儀正しく、しかもスポーツマン。父親は陸上競技から野球選手、横浜の三菱重工横浜野球部で6年間、その後同じ職場で会った加代子さんと結婚し、第2子が出来たときに郷里のトヨタ自動車東日本に転職し、北上市の隣町奥州市(旧水沢市)に居を構え、大谷翔平選手はそこで誕生したのです。

母親の加代子さんもバトミントンスポーツ選手で、バトミントン部のある三菱重工横浜に就職し、実業団チームの一員として活躍、そこで父親の徹氏と職場結婚したのです。大谷は、この両親の存在なくしては考えられないほど、両親の影響を受けています。息子は母親の気性を受け継ぐと言いますが、確かに大谷の行動や考え方を見ていると、そのことを痛感させられます。

実際大谷は、母親から叱られたことはなかったと言っています。父親がチームのコーチや監督の立場であったことを考えると、この母親が彼を包み込むように温かく接したことに違いありません。そのお陰で、『明るく素直で前向きな人材』が育ったのだと思います。奥さん真美子さんも、顔かたちは母親加代子さんそっくりですね。第3/8は、大谷翔平選は『商売繁盛の基本』の実戦者。


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| 社長日記 | 11:22 AM | comments (0) | trackback (0) |
大谷翔平に見る商売繁盛の基本1/8
令和6年6月20日パルス出版から上梓された初版第1刷、社会教育家・田中真澄氏の著書です。私の書庫から発見したモノですが、何の機会に購入したのか記憶にないのですが、モチーフが大谷翔平選手ですからつい「これを読んでみようか」と手に取りました。読み進めるとなかなか含蓄の多い表現が散見され、思わず遅読になり、小欄の読者にも紹介すべき内容を多く含んでいるように思い、いつもと違い、丁寧に紹介しようと考えました。

今日が初めてで、紙幅が使えますから、まず序章の『大谷翔平が体現している商売繁盛の基本体系』から始めます。その前に著者の人物像に触れておきますが、社会教育家・田中真澄氏は1936(昭和11)年福岡県生まれ、御年90歳の個人事業主(自らの表現)。東京教育大(現筑波大)卒で、日本経済新聞に入社、将来は独立して社会教育家を肩書きとする自営業主(個人事業主)として年中無休・終身現役を貫くべく、準備をして43歳前に自助自立人生を踏み出しました。

営業畑を歩き、その貴重な経験から事業繁栄の最重要な要因は、『よい習慣を本気で実践し、物事の処理を素早く行動に移すこと』と悟ります。独立当初から『人生100年時代の到来』を説き、その新しい時代を生き抜くには『一身にして二生を生きる』を提唱し、『人生で二つの人生を送ろうではありませんか』を繰り返した。

また稲盛和夫塾長のように成功の方程式を、『商売繁栄力=専門力(時間の有効活用)×対人力(ことばの有効活用)×心構え(こころの有効活用)』として、3つの要素を正三角形と置き、三角形を構成する底辺に心構え(こころの有効活用)を置いています。稲盛和夫塾長なら『考え方』、社会教育家・田中真澄氏は『こころの有効活用』を中心に方程式を構成しています。共通するモノを、感じます。中頃には、稲盛和夫塾長も登場します。

これを、達磨にたとえて説明しています。達磨は倒してもすぐ置き上がりますが、それは達磨の内側の底辺に『重り』がついているから。重りの重量は、全体の8割が理想だそうです。それだけ『重り』が、達磨の価値を決めているのです。同じように、人間の一生も、こころの有効活用によって形成される心構えが決め手になるようです。大谷翔平選手は、その心構えが素晴らしいことから、アメリカであれほどの人気を保っているのだと考えるべきだと主張する。

その大谷翔平選手にも、試練がありました。令和6年のシーズン前に元通訳・水原一平の一連の違法賭博事件が浮上し、水原はドジャースから即時解雇されました。大谷は全く知らなかったこと、水原に騙されたことを直ちに公表しました。そして世界中が知るように、大谷にはこの程度の逆境なら見事に乗り越えられる強い心構えの力が備わっています。シーズン通じて50奪三振、50本(最終は55本)本塁打で二刀流を証明しました。明日の2/8は、『大谷翔平は日本の伝統が生んだ賜物』を紹介します。



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| 社長日記 | 08:23 PM | comments (0) | trackback (0) |
南鳥島沖のレアアース泥採取成功2027年から本格試験へ
1月29日(木)の小欄で書いた、南鳥島沖のレアアース泥試掘が成功したと2日、海洋研究開発機構が発表した。地球深部探査船『ちきゅう』が小笠原諸島・南鳥島(東京都小笠原村)沖の水深約5,600㍍の海底から、レアアース(希土類)を含んだ泥を採取することに成功した。採掘装置を付けた管を船から海底へ降ろし、泥を引き上げられるかどうかを検証する試掘が目的。内閣府によると、装置は問題なく稼働したようだ。

第一段階が成功したようで、採取量を増やした本格的な採掘試験は2027年2月に行う予定、1日約350トンの泥を採取する計画だ。国産レアアースとして産業利用が可能かどうかは、28年3月までに検討するという。貴重資源の海外依存を低減する経済安全保障上の価値と、東京都心から1,900キロ以上離れた遠隔地の資源を使うコストバランスが焦点になりそうだ。

泥は大型洗濯機で脱水して乾燥させ、どんな物質が含まれるか分析する。27年の大量採掘試験では、南鳥島に設置する大型脱水装置で泥を処理した上で塊を本州に船で運び、レアアースの抽出、精製までを試みる予定だ。今回の試掘は、南鳥島から南東に約150キロ離れた地点で1月30日(金)に開始、2月1日(日)に引き上げた。既報の日経新聞は、昨年12月27日の朝刊でした。

内閣府によると、南鳥島(東京都小笠原村)沖の排他的経済水域(EEZ)の底には産業利用可能な規模で、レアアースを含む泥が堆積している。ここの特徴は、中に放射性物質を含んでいない点だ。世界の生産量の多くを占める中国産は、他の地域同様に放射線物質を含んでいる。中国がレアアースを外交カードに使う中、日本への安定した調達先の確保が課題となっている。

戦前の日本国がアメリカの石油禁輸政策から石油を求めて、東南アジア各地を転戦した歴史があります。なくてはならない資源ですが、遠く離れていると言っても国内(東京都小笠原村)です。戦前の愚かな日本国政府の施政と比べるまでもなく、常日頃から与えられた業務に日本人が真摯に向き合っている成果が散見される。深海海底探査調査など、気の遠くなる仕事だ。

ここで仮にコスパが合わない、採算に乗らないとなれば、次には出光興産(創業者出光佐三・百田尚樹著『海賊と呼ばれた男』などが、『全個体電池』の開発を進めている。全く同じモノではないが、技術革新として『全個体電池』は、現在の『リチュームイオン電池』に変わる電池として注目される。まず発火しない。次に楽しみにしている技術革新は、NTTの光半導体。こうなると電力の消費量が、格段少なくなり新しい原発の建設も必要がない。『資源のない国日本』が、得意の知恵で資源を生み出しているように、私には頼もしく見える。


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| 社長日記 | 07:56 AM | comments (0) | trackback (0) |
2月3日は節分いよいよ明日は立春
節分の本来の意味は、「季節を分ける日」という意味で、立春・立夏・立秋・立冬の前日すべてが本来は節分であります。現在は 立春の前日(2月3日頃) を指すのが一般的で、旧暦では立春が一年の始まりに近く、「季節の変わり目=邪気が入りやすい」と考えられていたのです。旧暦は、現在から約49日(7週間)遅れています。2月17日(火)が、旧元日です。

節分の行事として、豆まきがありますが豆には「魔(ま)を滅(め)する」という語呂合わせがあり、炒った大豆をまくことで邪気や災いを追い払うとされています。「鬼は外、福は内」は、悪いものを外へ、良いものを家へ招くという願いを込めてまかれます。もう一つの慣習として、恵方巻きを食べるというのがあります。

恵方巻の意味は、その年の恵方(歳徳神がいる方向)を向いて、願い事をしながら黙って太巻きを丸かじりすると福が来るという風習で関西発祥で、近年全国に広まった比較的新しい習慣です。いつの間にかスーパーコンビニで、大量販売するようになって、今日のスーパーは店員が走り回っています。14日のバレンタインデーでチョコレートが大量に売れる商戦の前商材になっています。それが何を勘違いしたのか、今日はかみさんが昼食に恵方巻きを自作しました。

先月『フラット仏生山』(高松市仏生山交流センター)で、参加費4,000円の講習会が一流シェフの先生で行われました。それに参加したかみさんは、「具材を控えめに」と確か言ってたのですが、今日の作品はいつもと同じ『爆発形』になっていました。同時にイワシも添えられていました。イワシを加えるのは、イワシが強い匂いで鬼(邪気)を追い払う。イワシは焼くと独特の強い匂いと煙が出ます。昔の人は、この匂いと煙が邪気を祓うと考えました。

生命力の象徴としても食べます。イワシは庶民的な価格で栄養価が高く、「一年を元気に過ごせるように」という願いを込めて食べられました。節分といえば、玄関に飾る 柊鰯(ひいらぎいわし)も有名です。柊のトゲが鬼の目を刺す、焼いたイワシの頭の匂いで鬼を寄せつけないという意味からです。

このような迷信(当時は真実だった?)の一つに、『鬼門』という考えがあります。文字通り家に鬼が入りたがる方向ですが、ここは当然鬼が入らないようにふさがなくてはなりません。しかし馬鹿な私は、裏鬼門のブロック塀をあけて車が出入りするようにしたのでした。確かに便利にはなりましたが友達の野間愛子さんから、「えらいことした、柊を買い求めて、裏鬼門にすぐ置きなさい」とアドバイスをもらいました。鬼はその開けた状況を見ておらず、いまだに入った形跡はありませんが、私の健康に関係しているのかもしれません。





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| 社長日記 | 05:22 PM | comments (0) | trackback (0) |
大型クルーズ客船MITSUI OCEAN FUJIが高松港に寄港
2月2日(月)、総トン数32,477トンの大型客船が高松港5万トンバースに入港しました。特段珍しいことでもなくなりましたが、飛鳥Ⅱ・飛鳥Ⅲ以外の大型船が入るのが私には珍しく、屋島登山前の時間だから出かけてみました。逆に急用で、定例の屋島登山は出来ませんでしたが、予定の8時前、タグボートに押されて貴船が着岸します。湾内に入り着岸まで、30分近くかかります。私のような野次馬が、手に大型カメラを構えて待ち構えています。

私はスマホですが、私にはこれで十分です。早い時間なので、寄港祝賀イベントはありません。高松商の書道パフォーマンスや、玉藻城鉄砲隊の祝砲もありません。説明書きには、16時の出航前にイベントがあるようです。大川観光の観光バスが、1台だけ待機しています。看板を覗くと、『金刀比羅宮・善通寺参拝』のように書かれていました。定員458名、商船三井クルーズ株式会社のチャーター船です。

『早春の九州・釜山クル-ズ』、横浜出発、新宮・神戸・高松・別府から釜山へ行くようです。最終は横浜へ帰ります。私もたまたま見た香川県の広報誌情報ですが、香川県のホームページでも公開されているようです。問題はちょっと行くのに、駐車場が一杯で難儀することです。直近の駐車場が満杯で、隣が閉鎖されています。只にしろとは言いませんが、僅か30分程度の駐車に地下に入れるのも、何だか不満が募ります。前回もそうでした。

地元民は自転車や徒歩で来ていますが、12㎞離れたら、もはや地元民にあらず。電車利用という手もありますが、その後商用があれば、ついついマイカーとなります。いずれにしても大型客船の寄港は、良いことです。国内いろいろな航路がありますが、高松が選ばれることは、県民の誇りでもあります。帰りに仰ぎ見たマンダリンオリエンタル瀬戸内ホテルの工事現場、こちらも完成したら多くのインバウンド(訪日外国人客)需要で賑わうことでしょう。そしてこのエリアは、まだまだ成長し、集客することでしょう。朝から良いモノを拝見しました。







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| 社長日記 | 08:48 AM | comments (0) | trackback (0) |
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