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オスブレイ香川に飛来四国初訓練
米軍輸送機オスブレイが参加する日米共同訓練が、9日高松・坂出にまたがる五色台陸上自衛隊国分台演習場等で行われた。同機による実動訓練は、四国で初めて。何かと物議を醸し出すオスプレイだけに、こうして報道されるのは、県民にとってはありがたいことであります。国はこのオスプレイや、F35など米国の兵器を日本が購入する契約を結んでいるが、本当にいるモノなのか。

訓練は午後2時過ぎと陽が落ちた午後7時過ぎの2回、2機のオスプレイが滋賀県などから飛来し、人員輸送訓練などを実施した。この訓練は、米軍基地が集中する沖縄の負担軽減が目的だが、訓練は災害復興にも役立つ。甚大な被害が起これば、自衛隊がまず動くが、米軍の協力という大規模になれば、訓練したことのある地へ米軍は動く。

訓練はこの国分台のほか、滋賀県など主な訓練場所に1~13日の日程で陸自、米海兵隊の計750人が参加して、沖縄県の普天間飛行場所属のオスプレイを最大4機使用するという。同機を使った訓練は、県内では2日に開始予定だったが、天候悪化などを理由に3度にわたり見送られていた。

今の段階で、アメリカのこのオスプレイなどの兵器は、ロシアのそれに比べると明らかに遅れていると言われている。兵器の開発には多額の費用がかかるが、「安全確保」という大義名分でその金額は不問に付される。日本でも防衛費がいつの間にかGDPの1%を超えて、アメリカからも不用とまでは言わないが、役に立たなくなった迎撃ミサイルなどを買おうとしている。

1867年の明治維新から約40年年後の1904年、日本は日露戦争に勝利し軍拡の時代を何疑うこともなくおくった。その結果また40年後、1945年に日本は大東亜戦争太平洋戦争に負けて、国土もほとんどが焦土化した。ここは日本国民の勤勉性や、朝鮮動乱の戦争景気に助けられて更に40年後、1985年アメリカはついに日本に負けたと言わんばかりの「プラザ合意」を要求してきた。為替相場で、日米の力均衡を図ろうとしたのだ。日本の円が、強くなりすぎた結果だ。

オスプレイに話を戻すが、演習場付近では共産党県委員会や県平和委員会のメンバーら20人が抗議活動をしたと報じられている。幸いなことに、この日の豊島中(土庄町)の生徒ら約10人の五色台研修は、予定通り行われた。トラブルはなかった。


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| 社長日記 | 10:19 AM | comments (0) | trackback (0) |
非製造業各社人件費上昇をセルフ形式と新商品で補う
日経新聞の決算ランキング国内編、「一人当たり営業増益」をみると、労働集約型の業種が多い非製造業について、2019年度上期の正社員一人当たり営業利益の伸び率ランキングしたところ、上位は新商品のヒットなど、人件費上昇を吸収する増益要因があった企業が多かったように見える。

ランキング首位の吉野家ホールディングス(会長安部修仁)は、3~8月期の正社員一人当たり営業利益が66万8000円と、前年同期の50.7倍になった。8時間換算で1万7533人いるパート・アルバイトなどを含む全従業員ベースでは、13万3000円で同51.9倍。新メニュー「超特盛」(税抜き722円)がヒットした。

また客が配膳と片付けをするセルフサービス形式の店舗を、8月末で57店と1年前に比べて34店舗増やした。店員がテーブル席まで配膳する店舗に比べて、平均歩数が2から3割減るという。うどんの聖地讃岐にあっては、老舗の一部を除けばセルフサービスが主流だが、このシステムが吉野家にも「ようやく」導入されて、効果を発揮しているようだ。セルフサービスの「さぬきうどん」は、そのため「早い安い美味い」。

牛丼チェーンでは、松屋フーズホールディングス(瓦葺一利社長)も19位にランクされている。高単価の「うな丼」などが好調で、4~9月期の全従業員ベースの一人当たり営業利益は、31万4000円と2.0倍になった。セルフ形式店舗は、約280店と約80店増。人手不足に直面して、「過熱調理などの自動化で生産性の向上に努める」という。

9位のカー用品店大手、オートバックスセブンは消費増税前の駆け込み需要で、正社員一人当たり営業利益が2.8倍になった。タイヤ交換や車検など利益率の高いサービス事業の構成比を高めたほか、店舗運営の効率化を進めている。オートバックスセブンかどうか定かではないが、通販で購入した客へのタイヤ交換リクエストにも応じていると聞いた。

建設会社も、人手不足に悩まされている。ランキング8位の東亜建設工業は、柱を鉄筋コンクリート、梁(はり)を鉄骨でくみ上げる工法を増やした。従来工法に比べて、作業負担が少ない。測量にドローンを使う建設会社も少なくない。

因みに株価を見ると、吉野家ホールディングスの株価は2,766円、松屋フーズホールディングスは、4,615円といずれも過去5年間でも高値になっている。オートバックスセブンは1,799円、東亜建設工業は1,676円と、この二つの株価はピーク時に比べれば低迷している。特に東亜建設工業は、高値の半分程度で推移している。株価は、不思議な動きをするようだ。


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| 社長日記 | 09:39 AM | comments (0) | trackback (0) |
フラガール物語by清水一利 常磐音楽舞踏学院50年史
福島県いわき市「スパリゾートハワイアンズ」の、モノリスタワー8階で目覚めて、「江戸情話・与市(大露天風呂)」へ行ってみました。江戸情緒を取り入れた露天風呂で、大きいのは実感しましたが、寒い。蒸し風呂も、天井から水滴が落ちて、期待する蒸し効果はありません。朝一番で、人の利用もまばら。どちらかというと若者世帯の利用が多いスパリゾートの、大露天風呂はプールに負けている。

3人部屋に、一冊の表題の本がありました。昨日、常磐ハワイアンセンターからの歴史館へ入ってみました。この施設が誕生したヒストリーが、詰まっていました。そもそも昭和19年(1944)3月、政府指導により、入山(いりやま)採炭株式会社と磐城炭礦(いわきたんこう)株式会社が合併して、本州最大の炭鉱会社である常磐炭礦株式会社が設立された。







常磐とは、この地が東北地方福島県東部の「磐城(いわき)」と関東の一部茨城県「常陸(ひたち)」にまたがっていたため、両方から一字とって「常磐」とした歴史があります。石炭は「黒いダイヤ」と呼ばれ、まさにヒーロー的存在であったが、同時にこれが悲劇の始まりであった。

常磐炭田は地層が激しい褶曲(しゅうきょく・堆積当時水平であった地層が、地殻変動のため、波状に曲がる現象。また、それが曲がっている状態。)を受けているため、石炭層を求めて地下へとひたすら堀下げなければならず、もっとも深いところでは600メートルも堀下げて採炭しなければならない現場が多かった。

また「灼熱の常磐炭礦」と呼ばれた採炭の現場には、高温の温泉が常に湧出しているので、堀削と同時に坑内から温泉排水を行わなければならない。毎日が危険と隣り合わせだった。常磐の地に集められた従業員は、約1万6千人。その家族を含めると約6万人が住む、企業城下町として栄えた。一山一家の伝統(常磐文化=常磐DNA)は、こうした現況から生まれた。

そうした情勢に対し、いち早く危機感を抱いていたのが、後に常磐(じょうばん)ハワイアンセンターの生みの親となる中村豊であった。そして昭和41年、日本のハワイ「常磐ハワイアンセンター」をオープンさせた。これまで負の財産であった温泉水を、正の財産にすることに成功した。と同時に、手づくりの自前の「常磐音楽舞踏学院」を設立し、フラガールを養成した。

昭和50年代後半になると、海外への渡航も簡単になり、かつて「あこがれの島」であったハワイへも気軽に行けるようになった。さらに昭和58年には「東京デズニーランド」がオープン。一時は年間155万人まで伸びた常磐ハワイアンセンターの入場者数も、同年には100万人を割った。

そして平成2年3月、「常磐ハワイアンセンター」は、「スパリゾートハワイアンズ」に名称を変更し、施設に於いてもあらたな投資に挑戦した。昨日ここで働く従業員が800名と聞いたが、親子3人の就業は今でもあるようで、父親がホテルマン、母親が接客係、息子や娘が調理担当も当時は当たり前。そして今では親子孫、3代家族もいるそうです。

そして利用客も、「親子3世代が楽しめる施設」を目指して、世界初とか世界最長とか、庶民の関心を惹く施設が作られている。昭和63年に常磐自動車が開通、首都圏から僅か200㎞、2時間での移動が可能となった。私は東京駅から、スパリゾートハワイアンズ行きの無料バスに乗車して3時間かかって移動した。

さてさて肝心の「フラガール」だが、先の一山一家手づくりの精神から、開業前から常磐音楽舞踏学院を設立し、自前でダンサーを育ててきた。「裸踊り」とか「ヘソ出し踊り」とか揶揄される中、常磐(じょうばん)ハワイアンセンターの生みの親となる中村豊は、自作にこだわった。そして平成18年9月23日、これを映画化した「フラガール」全国公開。これが観客動員数125万人、興行収入15億円という大ヒットを記録し、日本映画史に名を刻んだ。







しかし平成23年3月11日と4月11日、東日本大震災と東電福一の事故と、その後の余震、スパリゾートハワイアンズは大打撃を受けた。しかしこのタイミングで、フラガールたちは、全国慰問の旅に出た。全国行脚「フラガール全国きずなキャンペーン」は、開園前の昭和41年以来2度目。過密なスケジュールの中、フラガールは全国にほほえみを届けた。

今回スパリゾートハワイアンズへ行くのに、何も考えずに行きましたが、常磐ハワイアンセンターが炭鉱夫やその家族の労働確保生活確保のために誕生したモノであることぐらいしか知らなかったのだが、一冊の本を読んでみたら、流石によく分かる。今の時代、東の東京には「東京デズニーランドやデスニシー」西には、「ユニバーサルスタジオジャパン」がある。

今日の昼間フラガールの舞台は、昨晩の夜の公演よりおもしろかったし、人も多かった。温水プールのついでにショーを観るのから、ショーを目当てに来る人も増えたという。男性陣のポリネシアン「火の踊り」にも大勢の女性ファンが駆けつけるという。どうやって生き延びて、進化生成していくのか。「考えよ」稲盛和夫塾長の机には、常にこれがあった。

最後に今回のおじさん集団は、明大中野渡ゼミのOB7人。フラガール物語の著者清水一利さんも、明大OBらしい。偶然だが、あらためて常磐ハワイアンセンターに思いを馳せる機会を得ました。ありがとうございます。幹事の遠藤素弘さん、感謝です。また呼んで下さい。


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| 社長日記 | 11:20 AM | comments (0) | trackback (0) |
Spa Resort Hawaiians
私たちの世代は、「常磐ハワイアン」と聞くとよく分かる。湯川正さんがラインの明大中野渡ゼミのグループに、「ハワイへ嫁と行った」と投稿したモノだから、「それじゃみんなでハワイへ行こう」と今日の行幸となった。メンバーの一人三浦慶明さんが、上皇様に似てきた。みんなが揶揄して、上皇様と呼ぶ。不謹慎な奴らだ、一緒にいたら恥ずかしくなる。

と言いながら、私が一番迷惑を掛けているのかもしれない。高松からは、JAL一番に搭乗し、8:40に羽田空港で東京駅行きのリムジンのチケットを買う。「スイカ」が使えると便利なのに、券売機ではスイカも使えるようだが、ダイレクトに使えたらわれわれ田舎者には有難いのですが。しかし確認してみたら、一番早い9:20のバス便でも到着が9:50分で、10時発の「ハワイアンズ」行き無料バスに乗り遅れそうだ。

チケットをキャンセルして、モノレールに乗り換えた。羽田空港から浜松町まで各駅停車でも30分、ここから東京駅は10分もかからない。無料バスは、東京駅八重洲南口から有楽町方面へ歩いて7分とは言うが、初めてのところは場所が分からない。旧富士屋ホテル前というから、道路を東へ渡って、八重洲ブックセンター前を通過してさらに歩く。

しかし見る限り、このあたりに大型バスが停車しょうもない。見ると道路反対側、つまり東京駅側の一角にバスが数台止まっている。JR東京駅バス停ではないと聞いていたが、もしや。ここから乗車して、ハワイアンズまで3時間弱。半分くらいの席が埋まっている。予約は、幹事役の遠藤素弘さんがやってくれていた。電車だと、片道2,000円程度かかる。

バスは東京駅以外、新宿や横浜・千葉からも出ているようで、各自13時前後にフロント前へ集合した。被災者の宮本嘉二さんは、クルマで来て、夕食後帰った。「サバ」の漁期に入っていて、今日もこの福島沖から大量の「サバ」が石巻港へ上がっているみたい。サバには、週末も日曜日も関係ない。現役バリバリは、私と彼だ。しかし二人はまだ元気で、湯川正さんは、腰痛が原因不明で苦しんでいる。

昼ご飯は「軽く」と言いながら、そばやで、三人は、夕食の17時(宮本が帰るというので早くしてもらった)まで、呑んでいた。結局そばを食べたのは、通風の遠藤素弘さんだけだった。恐ろしいドラマの幕が、上がってしまった。このグループは、宮本嘉二さんの下宿「小池さん宅」でよく呑ましてもらった組だ。昔を思い出す。



従業員さんに聞くと、800人が働いているという。55年前にここが出来た時も、炭鉱労働者家族救済のためと聞いた。素人の彼女たちが、フラダンスを勉強して、必死で「常磐ハワイアン」を立ち上げた。雇用800人は、ここ福島県いわき市でも、大企業だろう。私もここへ来たのは初めてだが、今日はフラダンスを観て、ラーメン餃子を食べて、その後は覚えていない。また明日に続く。









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| 社長日記 | 10:05 AM | comments (0) | trackback (0) |
オイスカ四国支部第281回常任幹事会と研修生お別れ会2019と年明けうどん
今日は午後からイベントが輻輳し、苦しい選択を迫られました。香川県宅建協会のタウンミーティングの後に、挨拶もそこそこに、ホテルパールガーデン(高松市福岡町)を行われているオイスカの標題の会へ向かいます。15時からは髙松推進協議会の役員会、私が代表なのに欠席、16時から四国支部の幹事会ですが、やむを得ず途中からの参加です。





オイスカの1年間は4月から3月期末ですから、この時期になると来年の計画が出てきます。今年を振り返り、「何が出来たか」と思うところも多いのですが、時間は容赦なく経過します。一番の課題が、会員増強です。オイスカの活動は、会員からの会費で賄われています。そのため何と言っても、会員を増やすことが一番の課題です。

特に四国は、「研修センター」を持っています。以外にも、海外に30数カ所の研修センターを持つ公益財団法人オイスカですが、国内には4カ所のみの研修センターです。その一つが四国研修センターで、綾川町にあります。四国支部の会員が増えれば、一人でも多くの研修生を呼ぶことが出来る仕組みです。

本日も、今月末に研修終了で帰国する5名に記念品が渡されました。彼らは、それぞれの国で選ばれて日本へ来るわけですが、四国研修センターへ来るのは、千分の一の確立です。その位、希有な運命でやって来ます。彼らはそれぞれの国へ帰り、日本で学んだ技術や考え方を現地人へ伝え、教育します。基本的に彼らは、日本語で学習しています。



今度彼らに会う時は、〇〇大臣かもしれません。冗談はさておき、帰国後重責を担うのは間違いのないところでありす。地位はともかくとして、彼らに幸多かれと祈ります。

来賓は平木享県議

本日のネタはこのくらいで、次に7日(土)8日(日)の両日高松市林町のサンメッセ香川大展示場で行われる「全国年明けうどん大会」イベントの告知を入れております。あなぶきエンタープライズのL長尾光春さん(サンメッセ香川の館長)にこのところ小豆島などで世話になっいるのでヨイショ。全国から、23店の出店が予定されています。

コンビニ等で12月6日までに、プレミアム付き前売りチケット1,200円を買い求めて会場入りすると、オリジナル年明けうどんきんちゃく袋がもらえるようです。



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| 社長日記 | 09:05 AM | comments (0) | trackback (0) |
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