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徳勝龍が幕尻V20年ぶり二人目の快挙
大相撲初場所千秋楽は26日、東京両国国技館で行われ、西前頭17枚目徳勝龍(33)=本名青木誠、奈良市出身、木瀬部屋=が結びの一番で大関貴景勝を力強く寄り切って14勝1敗とし、初優勝した。幕内最下位の幕尻力士の優勝は、平成12年春場所の貴闘力以来二人目の快挙。千秋楽の結びで、幕尻力士が相撲をとるのは、昭和以降で初めてだった。

私も白鵬、鶴竜がともに序盤戦で途中休場して横綱不在の中、おもしろくないなと横目で見ながら、14日目に一敗同士の平幕対決で有利と言われていた正代に勝った徳勝龍(33)を、密かに応援し始めたのです。33歳5ヶ月での初優勝は、大学出身力士だとしても遅い。年6場所制となった58年以降で3番目の年長で、日本人では最年長者。

初優勝を決め、土俵上で泣く姿にも、優勝インタビューも共感した。元横綱稀勢の里の荒磯親方や、大関豪栄道と同じ昭和61年生まれ。近畿大学時代の華々しい戦績を引っ提げてプロ入りしたが、彼の歩みを見ると、遅咲きの大輪と言える。また奈良市出身と言いながら、高校時代は高知に寄宿し、明徳義塾高を卒業している。

最下位の下克上は、もはや白鵬や鶴竜の時代ではないことを証明した。近大時代の恩師伊東勝人氏の急逝(場所中の18日)もあったりして、その後の取り口は伊東監督の教えを思い出したか、突き出し一本で勝ち続けた。どの親方か忘れたが、徳勝龍の得意技は突きより「左四つ」とアドバイスしたというのを聞いたが、この親方も偉い。徳勝龍もこのアドバイスに、素直に従ったのは偉い。

初優勝したモノの、最下位であったがために上位陣との対戦がなかったのも今場所の特徴だろう。千秋楽に大関貴景勝とぶち当たったのが唯一の上位との一戦だが、大関にも負けないがむしゃらの徳勝龍の姿が大きく見えた。土俵下ではいろいろ賛否両論だろうが、徳勝龍が優勝したのは紛れもないことだ。素直に、賛辞を贈ろうではないですか。

あくまでも結果論ですが、上位力士がモンゴル等出身ばかりでは、正直おもしろくない。相撲は国技ですから、オリンピックとちがい、外国人枠をもう少し少なくして、日本人同士の切磋琢磨を見てみたい。外国人を排斥するのではなく、日本人若者の角界入りに何とか手が打てないモノだろうか。徳勝龍の優勝は、その一つになると嬉しい。


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| 社長日記 | 10:03 AM | comments (0) | trackback (0) |
香川県庁舎東館耐震改修工事完了見学会
1958(昭和33)年5月、東京大学工学部建築学科・丹下健三計画研究室が手がけた香川県庁舎東館が完成してから62年。この耐震改修工事が約3年(工事着手から2年余)の歳月を費やし、このたび完成し、県民へのお披露目が25日(土)26日(日)の両日、都合4回に分けて行われた。県民の関心も高く、私もその一人として、26日の2回目のB班(最後の最後)に滑り込みました。

東館は、当時の売れっ子建築家丹下健三氏をトップとした丹下チームが、金子正則香川県知事の要請を受けて設計したモノで、竣工時から世界的評価を得ていました。金子知事は、「民主主義時代の県庁としてふさわしいこと」「観光香川の県庁本館としてふさわしいこと」「県民に開かれたスペースであること」「できる限り香川県産の物を使うこと」の4つを希望したという。

玄関の受付台の庵治石や、クロークなどの木材は県産で「桜木工」が手がけた。2階県庁ホールの出入口は、香川漆芸の後藤塗りが使われたり、全面ガラス張りの開放的な1階ロビーの壁面に香川県出身の洋画家、猪熊弦一郎の陶板壁画「和敬清寂」が、おおらかな表情で人々を迎える。私のB班がピロティーを見学中、自動ドアーから県庁舎へ入る親子がいた。







今日の日曜日は見学客だけの応対で、一般県民は入れない。「オイオイ」と近づくと、なんとママと百笑(ももえ)ではないか。何という偶然か、A班であれば今頃地下にいる。近くの中央公園への散歩の途中、開かれた県庁舎へ立ち寄ったようだ。親は大変だが、ももえは自由気ままに歩き回る。南庭には池もあって、落ちると大変だ。



あれから62年、丹下健三氏は建築界のノーベル賞と言われている、「プリツカー賞」を日本人初で受賞している。また日本に8人いる受賞者にも、その後大きな影響を与えている。プリツカー賞 は、アメリカのホテルチェーン「ハイアットホテルアンドリゾーツ」のオーナーであるプリツカー一族が運営するハイアット財団から建築家に対して授与される賞であります。私の知るところでは、丹下健三氏と安藤忠雄氏の二人ですが、業界人には垂涎の的でしょうね。

耐震改修は、免震レトロフイット工法が用いられ、庁舎を利用しながら耐震改修工事が出来たという優れた工法。また、文化的価値の高い東館の外観及び内観を変えずに耐震工事が出来ました。工事費は42億円と聞きました。当時施工を担当した「大林組」が改修工事もし、現場説明会でも丁寧に対応してくれました。仮に新築工事をするとすれば、80億円程度はかかり、新築であればさらに解体費と移転費用が加算された。









その説明によると、建物と地盤の間に免震装置を設置することで、地震のエネルギーを吸収し、建物全体の揺れを小さくする免震レトロフイット工法がとられた。その免震装置は、「免震支承」積層ゴム(全24基)と「減衰装置」オイルダンパー(全10基)の二つからなっている。勿論この2種類が、数多く並んでいます。現場はこの機会でないと見学できないのですが、地下駐車場B1から、ガラス窓越しに中を見ることが出来ます。

平たく素人的に言えば、建物全体を100本以上の仮設鋼管杭で支えて、この仮設鋼管杭(1mの鋼管杭を溶接で繋いで支持地盤まで延ばす)の回りを重機で掘って、地盤改良工事をしたり、新しい基礎として厚さが1.5mの鉄筋コンクリートのマットスラブを構築しています。旧地盤から5mは掘ったのでしょうか。このマットスラブが新しい地盤となり、この上に免震基礎を設け、既存基礎との間に免震装置を設置します。

その後に鋼管杭にかかっていた建物の荷重を免震装置に移動させ、出ている仮設鋼管杭をガスバーナーで焼いて撤去します。62年前に作られた基礎全体をもち上げて、新しい基礎地盤を作りました。ゴムの免震装置で支えて60年間はこの状態を保つことが出来ますが、心配されている南海トラフ巨大地震等で大きなダメージを受けたら、その時は交換の可能性もあります。従って、交換できる構造になっています。

私も素人ながら、昔の基礎コンクリートがこの先も荷重に耐えられるのかと質問をしましたが、62年前のコンクリートは砂も川砂で、質が良いそうです。逆に形状を整えるためのコンクリートの「はつり」に、一箇所で3日もかかったそうです。また公共事業で、手抜きもありません。ましてや東大チームが、日夜監理しています。大成建設も、忠実に作業をしたのでしょう。

同時に、外観の手すりと格子も軽量化が図られました。また基礎下の免震化だけでは、地震への耐力が不足する部分には、鉄筋コンクリートの柱・梁を設置するなどの目立たない耐震補強工事をしています。ピロティ天井の木製ルーバーも復旧。驚きは、床の敷石の石も当時の物が再利用されています。解体時に、畳一畳程度の大きさ内の石をはつり袋詰めして保管、同じ場所に戻し、石を並べてその間にコンクリートを流して固めています。

南庭は途中で一度改修していたので、この機会に最初の62年前の姿に戻しています。これで、南海トラフ巨大地震など極めて稀に起きる大地震に対して、防災拠点施設として建物機能が維持できる県庁舎が完成しました。さてこの先、丹下健三氏設計による「県立体育館」の扱いは、果たしてどうなるのか。

モニュメントは、一つあれば十分のように私は思います。現に丹下健三設計の「高松一宮住宅団地(1960~64年)は、現存していません。


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| 社長日記 | 09:23 AM | comments (0) | trackback (0) |
讃岐三田会新会長に宮本吉朗氏が就任
慶応大学の同窓会の県内組織「讃岐三田会(みたかい)」の新会長に、宮本吉朗(アムロン社長)氏が就任された。槙田実前会長(マキタ会長)から、バトンを受け継いだ。200人を超える会員数を誇る讃岐三田会は、なんと毎月例会を開催していると聞く。こんなに頻繁に集まる同窓会は、三田会以外に聞いたことがありません。

確かに慶應のOBは、仲が良いと実感しています。高松栗林ライオンズクラブにも、L浅田善太郎(昭和8)、L浮田和也(昭和10)、L矢野慶之介(昭和11)、L徳永孝明(昭和17)、L山下和彦(昭和27)が在籍していますが、何と無くアイコンタクトが上手です。昨年逝去された、L吉村屹(昭和13)も慶応ボーイです。

讃岐三田会は、慶應義塾大学のある東京都港区三田二丁目15番45号に本部を置く日本の有名私立大学で1920年に創設されました。大学の略称は慶應、慶大でこの三田キャンバスのある「三田」からとっている。また早稲田大は、卒業生の団体を「稲門会(とうもんかい)」と呼びます。東京大学のOB会は、赤門学友会(赤門会)と呼ばれ、全国規模の校友会です。その他大学も呼称があるでしょうが、三田会は広く知られています。

会長就任にあわせ、副会長を2人から4人に増やしたほか、20~30代の若いメンバーを役員に抜擢し、組織の活性化に向けた新体制を整えた。「肩書きや年齢に関係なく、公私にわたって交流が図れるのが三田会の一番の魅力」だと言う。会の良さに磨きをかけ、後輩たちへと引き継いでいく考えのようです。

私も宮本吉朗氏を尊敬する一人だが、一番の魅力は、人間性というか懐の深いところ。高松高校から「スマートなイメージ」に惹かれて慶応へ進学されたという。確かに頭の良さと、センスの良さを漂わせている。アムロンに入社後に、慶応大学大学院でNBAを取得。コンピュータに精通し、音楽(ベース)もやる。大学時代に、モダンジャズ研究会に所属。ナイトクラブ等での生演奏をしていたと聞いたことがあります。

もちろん今でも、アムロンの社長職(2001年)から、香川経済同友会代表幹事ほか、十指では数え切れないほどの役職を持ちながら、市内複数の某所でベースを弾いているようです。ベースという楽器のせいか、おっとり感が宮本吉朗氏の一面であります。高松には、鹿庭弘百氏の率いる「街角に音楽を」という団体がありますが、そこでも重要な役割を果たしています。高松にはなかなかいない、スケールの大きい御仁です。


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| 社長日記 | 11:30 AM | comments (0) | trackback (0) |
大型バスターミナル全国整備へ新制度・国は民間参入促進
国土交通省は24日、大型バスターミナルを全国各地の拠点都市に整備するため、民間参入を促す制度を創設する方針を固めた。ターミナルビルの運営企業が、テナント料を得られるようにするのが柱で、道路法改正案を今国会に提出する。昨日小欄で書いた52本の国会上程法案の内の、貴重な1本だろう。

私も見て驚いたがJR新宿駅に直結する「バスタ新宿」のような交通結節点を増やし、住民や観光客の利便性向上につなげる。私も大阪への移動手段として、JR灘波駅直結の「OCAT(オーキャット)」をよく使います。高速道路を利用した、「高速バス」のバスターミナルであります。大阪梅田駅経由で、大阪から360度方面をカバーしています。

同じようにオーキャットは、JR横浜駅にもありました。新潟市や神戸市、広島県呉市などでターミナル新設が検討されており、新幹線開業を見据えた札幌市や長崎市でも計画がある。2020年にも、新制度が活用できるように、整備を後押しする。高松市でも新たに、高速高松道とコトデン琴平線の交わるところに新駅を作り、その下にバスターミナルを新設している。JR高松駅発の高速バスが、ここを経由して高速道に入る。

現行法では、ターミナルは道路の一部として扱われるため、飲食店や土産物店といったテナントの賃料は、原則として道路を管理する国や自治体に入っている。新制度では、国や自治体がターミナルを整備し、企業が運営する「コンセッション方式」を想定。法改正で、ターミナルをバスやタクシーの停留施設と位置付け、運営企業がテナントと契約できる仕組みにする。

運営会社はバス会社から入る使用料に加え、テナント料も受け取れる。収支が安定すれば使用料を下げ、バスの乗り入れを増やすといった柔軟な経営が可能になるという。これまでの常識に囚われない柔軟性が、改革変革には必要になる。高速道路を使った新規路線は、地域活性化にも多いに貢献する。今の時代の勝利法は、「考える」ことだと思います。


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| 社長日記 | 09:36 AM | comments (0) | trackback (0) |
低未利用地の適切な利用・管理を促進するための特別措置の創設
国会では、安倍晋三内閣総理大臣や与党議員の失態をあげつらう揚げ足とりに夢中になっている野党に対して、これまた安倍晋三首相がのらりくらりの答弁、これで日本の今日・明日は大丈夫かと思う。またまた中国発の新型コロナウィルスが、武漢から出て、日本でもほとんど打つ手がないといった状況にある。本当に大丈夫か、議員の皆さん。

そんなこともあってか、今国会の法案は確か52本だったか、極めて少ない法案上程と聞いている。その中の一つに、標題の税制改正が含まれています。これが、不動産業界での今年の「目玉」だと感じています。ご案内のように空き家が820万戸もあって、その数が毎年増えています。身の回りにも、人が住まなくなってボロボロになった廃屋が散見されています。

法案は、所得税・個人住民税に関するモノで、個人が、譲渡価格が500万円以下であって、都市計画区域内にある一定の低未利用地を譲渡した場合に、長期譲渡所得(譲渡益)から100万円を控除する特例措置を創設するモノであります。ただし、低未利用地であること及び買主が利用意向を有することについて、地区町村が確認したモノに限るとなっています。

具体的にどのような手はずになるのか定かではありませんが、余計な手間暇がかかるのは間違いのないことです。また長期譲渡所得と言うから、所有期間が譲渡した年の1月1日において5年を超える物件となります。ぎりぎり5年では不足することがあって、私は余裕を持って6年で計算することにしています。

昨今の売買契約では、売却価格が500万円600万円という中古住宅(土地と建物の合計)が数多くあります。国もこのあたりの事情を考慮して、400万円以下の売買物件も、400万円の仲介報酬(19.8万円税込み)を売主から頂戴することが許されています。謄本の入手等で同じように費用がかかり、物件調査は価格とは関係なくやります。従前の極端な例では、売買価格50万円では2.75万円にしかならず、不動産業者が逃げていました。

まず仲介業者にアメを与えて、次に売主へもほんの少しですが、アメをプレゼントしています。過去にもこの100万円控除はあったのですが、数年前の税制改正で、税率が26%から20%(復興税は考慮していない)に減額されたのと引き替えに、この100万円控除がなくなりました。田舎ではこの100万円控除が、レバレッジとなっていました。長年組織の政治連盟で、「復活」の陳情をしていたところであります。

しかし官僚・公務員は、一端廃止した制度を「復活」させることを極度に嫌います。あくまでも、「新設」という姿勢を貫きます。そのような「メンツ」はどうでも良いことで、控除されることは嬉しいのですが、現場では600万円で売却するのと500万円で売却するのと、どちらが得か計算して、500万円オンパレードという現象もあるかなと考えています。

ただしこのネタは、3月末に法案が成立してからのことであります。このように告知をすると税務署へ駆け込んで、「真偽」を確認へ行く人もいますが、税務署に聞いても税理士に聞いても、(今は)「ありません」と返事が返ってきます。私が嘘を書いているわけではありませんが、あくまでも予定であります。吉報だと思って、このタイミングで書いています。


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| 社長日記 | 09:02 AM | comments (0) | trackback (0) |
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