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第95回東京箱根間往復大学駅伝競走大会復路
昨日に続いて、箱根駅伝が繰り広げられています。1位東洋大と、本命6位青学大の戦いかと思いましたが、6区で青学大・小野田勇次選手が57:57という区間新の記録で15秒差を詰めたが、東洋大の勢いを消すまでに至らず7区にたすきを繋いだ。ここまでを見たら、関心はむしろ東洋大・東海大・駒澤大の総合優勝争いと、明治大のシード圏内の10位入りが出来るか。

中継の途中ではこのようなことを楽しみながら見ていたが、明治大は最終の10区でまさかの失速。復路11位スタートから、終わって見れば17位となりました。これでまた、来年の96回箱根駅伝は、11月の予選会の結果次第でと言うことになりました。昨日は青学大の「油断」とか偉そうなことを書き並べ、その青学大は「油断」しながらも「修正」が早く、復路優勝(総合2位)を勝ちとった。

第95回東京箱根間往復大学駅伝競走大会は、往路優勝東洋大、復路優勝青学大、総合優勝東海大となった。出場各大学の実力が、均衡して来ている証拠だと思う。もともと箱根駅伝は、金栗四三氏が世界に通じるマラソン選手を育てるために1920年にはじめたと言われている。まさに氏の願いが、2020東京オリンピックのマラソン金メダルに届くか。

総合優勝東海大について、少し書いて見たい。創立者はあの松前重義、自らは一官僚であり、資産を持たない松前は、借入金や寄付だけで大学建設に挑んだため、大学はたびたび財政危機に陥り、松前自身も苦労が絶えなかったと言われている。

しかし、事業家としての才にも恵まれた松前は、斬新な学部の設置や、学校法人のM&Aなど、従来までみられなかった学園経営を展開し、東海大学を日本有数の大学に育て上げた。また、日本社会党員ながら原子力基本法制定に尽力し、東海大学工学部に原子力工学専攻を設置している。確か「宇宙航空系学科」もあったように、記憶している。実に存在価値の大きい、ユニークな大学だ。

また松前重義氏は、ソ連政府の提案によるソ連と東欧との交流組織「日本対外文化協会」(対文協)を石原萠記、松井政吉らとともに1966年に設立して会長を務めた。ソ連初の野球場としてモスクワ大学松前重義記念スタジアムの建設に尽力するなど、国際交流事業を展開して各国の政府機関や大学から勲章や名誉博士を受けた。松前重義氏は、ロシアや北朝鮮と今に通じる固い絆を持っている。1991年、今から28年前の8月25日に89歳で死去した。

東海大の有名なエピソードとして、三池工業高校を甲子園で優勝させた手腕を見込み、監督の原貢を東海大相模高校の硬式野球部監督に招聘した。両角速駅伝監督(52)も、長野・佐久長聖高校から、2008年全国高校大会優勝を機に、2011年東海大監督に就任。練習方法に選手との確執が広がったと言うが、そこは学生とのコミュニケーションを繰り返し、理解を得た。優勝胴上げ監督になるために、86㎏から月500㎞走り69㎏まで減量したとか。毎日16㎞のトレーニング、そんな時間があったのか。

青学大の敗因は、往路4区15位と次の山登りの5区13位。それでも復路は、順位を上げて復路優勝。青学大原晋監督は、「私の采配ミス」というが、こればかりはやってみないと分からない。青学大原晋監督をせめても仕方がない。多少の「油断」があったのかも知れないが、5連覇ならずは、原晋監督の責任でも何でもない。

東海大の総合優勝のタイムは、10時間52分09秒で大会新記録。さらに2位の青学大のタイムも10時間55分50秒で、こちらまでも大会新記録である。湘南の暴れん坊・東海大学の黄金期が始まる。2015年高校卒業のランナーが、高校駅伝の花の1区で走った選手が7人東海大へ入学した。今年の3年生が、その子らで、「打倒青学大」と燃えている。

青学大絶対有利と言われながら、東洋大や東海大、駒沢大等も優勝候補の一端に挙げられていた。大学生のすることで、「絶対王者」など言われるのがそもそもおかしいと、今日の結果を見ながら反省しきり。初参加から46年目の初優勝。こんなことがあっても、今の時代決して不思議ではない。

強豪校と言われていた、早大や中央大、日本体育大学や順天堂大、外国人留学生を多く入れて一世を風靡した山梨学院大、明治大を出すまでもなく「今や昔」となっている。主役は次々に替わるが、箱根駅伝は「今も昔」、また来年も楽しませてくれることだろう。

東海大の卒業生で一番に浮かぶのは、私のコンピュータ先生末吉澄夫さん。おめでとうございます。法政大も6位と頑張りました、私の尊敬する和田浅吉高知ハウス会長の母校です。おめでとうございます。こいつは春から縁起が良いわい。


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| 社長日記 | 09:48 AM | comments (0) | trackback (0) |

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