2019,03,24, Sunday
老人施設竜雲舜虹苑(しゅんこうえん)の広報誌、「にじ」が届きました。「にじ」には、竜雲舜虹苑は地域の皆さまの心と心をつなぐ虹の架け橋でありたいと願っていますと書かれています。274号巻頭は、川島東町市匿院・白井良一氏の「春のお彼岸」が掲載されています。春分の日(3月21日)を中日とした、前後の3日間の1週間を「春のお彼岸」と呼んでいます。
春のお彼岸の季節になり、ずいぶん温かくなりました。関西地方では、「春は選抜から」という言葉もありますが、「暑さ寒さも彼岸まで」という言い伝えも昔から聞くところであります。春のお彼岸は、冬の間、お昼の時間が随分短くなり、太陽の恵みから遠ざかっていたものが、次第に戻ってきたことを実感できる頃です。草木が再び成長しはじめ、鳥や虫などの生き物も姿を見ることが多くなってきます。 「彼(か)の岸」と書く「ひがん」は、本来私たちが生きているこの世界とは別の、あらゆる苦しみのない世界、つまり極楽浄土を指しています。太陽が真東から出て、真西に沈む春分の日には、太陽が真西に沈むため、その向こうにある西方極楽浄土に心を寄せ、往生の想いを新たにするのに最適であると言われています。 お彼岸には墓参りへ行くことが習慣になっていますが、良く考えると春夏秋冬、つまり年間4度程度は必ず墓へ行くような工夫が昔から組み込まれています。春と秋にお彼岸があり墓参、夏にはお盆があり、先祖祀りに「讃岐のぼん灯籠」を持ってこちらも墓参り。冬も、新春を迎えるのに墓参りをします。その他、両親の命日など、また節目で墓参りをします。 わが家の元旦の3社参りは、墓参りとちきり神社と熊野神社参りを3社として長く続いています。親父が早くなくなったわが家は、墓所が生きている者(母親)の悪口を言う場所になっていました。墓参り、科学的証明がある訳ではないのですが、何と無くその後がすがすがしいと感じる私であります。明日の小欄は、墓参りならぬ「墓じまい」について書いて見ます。 |