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終わらざる夏by浅田次郎
帯には、反戦小説と紹介されています。昨年北海道の自衛隊基地を見学した際に、資料館に飾られていた中に、『終わらざる夏上・中・下』が置かれていました。浅田次郎氏は小説家だが、JALの機内誌『SKYWARD』に毎月連載されているエッセイ「つばさよつばさ」では、自虐的エッセイが掲載されています。最近は搭乗の機会もなくなりましたが、希少な機会にも機内誌を開くとまずは社長一言を読んで、次は必ず浅田次郎エッセイに目を通す私です。

その浅田次郎氏が、2010年に集英社(後に集英社文庫)から上梓した長編3部作です。氏は私の1歳先輩、ほぼ同年生で生きた時代の背景がよく似ています。中央大学杉並高等学校卒業。陸上自衛隊に入隊、除隊後はアパレル業界など様々な職につきながら投稿生活を続け、1991年、『とられてたまるか!』でデビューし、直木賞の選考委員など、今では業界の重鎮となっています。

悪漢小説作品を経て、『地下鉄に乗って』で吉川英治文学新人賞、『鉄道員』で直木賞を受賞。時代小説の他に『蒼穹の昴』、『中原の虹』などの清朝末期の歴史小説も含め、映画化、テレビドラマ化された作品も多い著名な売れっ子作家。青春時代の知的シンボルで憧れの存在だった三島由紀夫が三島事件を起こし、“世界中がまっしろになるような”大きな衝撃を受け、陸上自衛隊に入隊、第32普通科連隊に所属。

自分がその後小説家となったこともあり、照れ臭さから当初エッセイでは「2度目の(大学)受験に失敗し、食いつめて自衛官になった」と、三島に影響を受けたことを否定していたが、後にこの動機は事実であると告白している。基礎訓練後に配属されたのは、東京出身だったこともあって奇しくも、三島が自害した市ヶ谷駐屯地だった。

『終わらざる夏』は、浅田次郎氏による小説で、第二次世界大戦末期の千島列島の先端にある国境の小さな島、占守島(しゅむしゅとう)での戦いを描いています。日ソ中立条約を一方的に破棄したソ連軍が、8月9日に満州に攻め込んだことはよく知られています。満州関東軍の戦闘は8月15日が過ぎてもすぐには止まらなかったと聞いたが、これと占守島の戦いとはまったく意味が違うのです。

「止めて止まらぬ戦争と、終わってから仕掛けてくる戦争とでは、同じ戦争でもまるで違うと思うのであります」いう少年戦車兵の中村末松の台詞通り、ソ連は領土的野心から、日本が無条件降伏をしたことを承知の上で占守島(シュムシュ島)に侵攻してきた。千島列島(クリル諸島)の先端に位置するこの島にソ連軍が攻め込んで来たのは、玉音放送から三日後の昭和20年8月18日未明。まさに日本がポツダム宣言を受諾した後になって、新たな戦闘を仕掛けてきたのです。

連合軍との間で正式な降伏文書の調印が行われる前に、戦闘→占領という既成事実を作っておこうとしたとしか考えられない軍事行動であります。占守島(シュムシュ島)を含む千島列島は、明治8年に結ばれた樺太・千島交換条約によって平和的に定められた日本の領土であります。人数は少ないが開拓団の家族が居住し、また日露漁業の工場労働者などの民間人もいた生きていた島です。

応戦すれば勅命に反するのではないかという恐れが将兵らにはあっただろうが、国土と国民を守るのが軍の務めであり、それを果たすため、占守島(シュムシュ島)と隣島の幌筵島(ほろむしるとう)に進出していた第91師団は戦闘に踏み切った。2万3千の将兵を擁する第91師団は、現役兵が中心で練度も高く、寄せ集めの師団が多かった戦争末期においては例外的な精鋭だった。中でも満州から引き抜かれてきた戦車第11連隊は、最新の装備と優秀な兵員を備え、士気も高かった。

これはたまたまで、ここから転戦する船がなくなり、結果これほどの精鋭がこの地にいたのであって、決して予想配置ではない。それで、8千8百のソ連軍上陸部隊を迎え撃った日本軍は優勢に立つ。しかし、日本はすでに無条件降伏をした敗戦国であり、勝利するまで戦い続けることは許されなかった。前線に軍使を送って停戦交渉を行った日本軍は8月21日に降伏し、23日にソ連軍によって武装解除される。そして生き残った将兵は、シベリアに送られたのである。

勝てる力を十分に備えながら、決して勝ってはならない-北の果ての国土と国民を守るため、そのような戦闘に生命を賭けたのが、占守島(シュムシュ島)の将兵でした。更にこの島で起こったことは日本国民にはほとんど知られることなく、歴史に埋もれてきたのであります。これを浅田次郎氏は後世に伝えようとして書き残し、現在の北の防人(自衛隊)は多くに読んでもらいたく、本棚に飾っていたのだろうと私は思いました。












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| 社長日記 | 08:33 AM | comments (0) | trackback (0) |

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