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高南支部研修旅行の二日目2019伊勢神宮へ
朝は8時過ぎ、投宿先のホテルルートイン伊勢を貸し切りバスで出発します。待ちに待った、伊勢神宮の参拝であります。今年令和元年、天皇陛下が即位されて、祝賀の行事が続いています。本日は東京都下で、祝賀御列の儀(祝賀パレード)が、15時皇居出発で予定されています。さらに天皇皇后両殿下は、今月22日からここ伊勢神宮へ参拝されるとのことでした。

しかしここ伊勢神宮は、天皇陛下が治める神社であり、正確には「お帰り遊ばす」というのが正しいことのようであります。陛下は東京在住で、物理的にここ伊勢神宮を統治することが出来ず、代役は妹の黒田清子(伊勢神宮祭主(2017年6月19日 - ))さんが、ここを御守りしているとのことでした。その真の意味は、われわれには理解できないのですが、それでもこの伊勢神宮は特別なところだと言うことは、理解できます。

伊勢神宮は日本人の心のふるさととも言われ、「お伊勢さん」とも呼ばれ、江戸時代から長く親しまれています。正式名称は「神宮」といい、「伊勢神宮」という名称はどこにもないとのことです。市井では、伊勢にある「神宮」で「伊勢神宮」と広く呼ばれたのだと思います。宇治の五十鈴の川上にある皇大神宮(内宮)と、山田原にある豊受大神宮(外宮)の両大社宮を中心として、14所の別宮、43所の摂社、24所末社42所の所管社があるそうです。

「神宮」は、これら125の宮社の総称であります。まず外宮(げくう)にお参りします。正式には「豊受大神宮(とようけだいじんぐう)」で、天照大神(あまてらすおおみかみ)のお食事を司る神の豊受大神宮をおまつりしています。「受」には、食事という意味があるそうです。豊かな食事をつくる神様です。

ここは内宮創建から500年後、離れた山田原に迎えられました。衣食住をはじめ、あらゆる産業の守り神です。戦争中も絶えることなく1500年間、決められた食事を毎日作り続けています。またここに、式年遷宮記念の「せんぐう館(平成24年4月7日開館)」が出来ています。式年遷宮は、690年から1300年以上続く、20年に一度のお宮を新たに建て替え神様にお遷りいただく神宮最大のお祭りです。中には、正殿の原寸大模型等が展示されています。ここも見応えがありました。



続いて、内宮(皇大神宮)を参拝します。外宮は左側通行、ここ内宮は右側通行です。真ん中は、神様がお通りになる。一の鳥居で1礼をして宇治橋を渡り、二の鳥居をくぐります。ここの敷地は広くて、一路「正宮」を目指しますが、案内ガイドの山本氏(商工会議所職員)によれば、正宮の正面に立ってお参りするのは神と「にらめっこ」する形になり、失礼である。脇から二拝二拍手一拝が、お参りの作法とのことでした。





ところでここ神宮には、600名の働く人がいるそうで、その内の100名が神事に携わる専門職だそうです。600名の月給の平均が50万円としたら、毎月3億円で年間36億円。その収入の一つに、全国の神社に販売している「天照大神」の御札があります。500円ですが、元値が250円としても、全国1千万世帯が購入したとしたら250億円ですか、やはり伊勢神宮はすべてが違います。

そうそう22日から3日間、天皇陛下が滞在中は、拝観中止になります。付近の飲食店・土産店も、臨時休業になるそうです。伊勢内宮前、宇治橋右に続く「おはらい町通り」は、江戸時代の、「おかげ参り」の頃の伊勢の様子を再現した街並みが、長く続いています。最初の角の「赤福」は内宮前支店で、本店は中程の角にあります。ここで「ぜんざい」を食しました。大変な賑わいです。

その中の一部おかげ横丁は、第61回神宮式年遷宮の年、1993年(平成5年)7月16日に、伊勢神宮内宮門前町「おはらい町」の中ほどで、お伊勢さんの「おかげ」という感謝の気持を持って開業したそうです。おかげ横丁では、伝統的な建物、お料理、暮らしの道具(箸を購入)と食べ物、飲物で、催し物(全国太鼓祭りを開催中)で、伊勢の風土と日本の文化を楽しめます。



神宮参拝後に、近くの「勢乃国屋」さんで昼食を頂きました。昔は栗林公園でも、こうした行動パターンが多くて、名所旧跡前は大変賑わったモノでした。讃岐でも、金比羅さんにはまだこのスタイルが残っていますが、逆に言えば金比羅さんだけかもしれません。



右が名物伊勢うどん

不易な神宮、進取なおはらい通り・おかげ横丁、対比するこの二つが上手く機能しているのが、ここ「伊勢神宮」ではないだろうか。参加できなかった手配師の宮本直樹さん、現場で陣頭指揮の松本信一さん、いつも陰陽で大活躍の村山裕子さん、旅行記を書いて下さる濱井晴美さん、そして参加下さった高南支部のみなさま、ありがとうございました。

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| 社長日記 | 10:12 AM | comments (0) | trackback (0) |
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