2017,12,13, Wednesday
四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の運転差し止めを求めた仮処分申請の即時抗告審で、広島高裁(野々上友之裁判長)は13日、申立を却下した今年3月の広島地裁決定を覆し、四国電力に運転差し止めを命じる決定を出した。四国電力は抗うと思うが、止まってしまえば四国内の原発はなくなる。
裁判のなかで野々上友之裁判長は、「阿蘇山(熊本県)の火砕流が敷地に到達する可能性が小さいとは言えない。立地として不適」と断じて、重大事故で「住民の生命・身体への具体的危険がある」と認めた。火砕流が、海を渡って伊方に迫ってくるリスクが小さくないという。全国的に訴訟になっているこの類いの裁判で、地裁のNO判決はあるが、高裁のNO判決はこれが初めて。 私はかねてから、「時間を掛けて廃炉論」を展開しています。小欄でも既報でそのように書きました。伊方原発は、1号機(運転開始77年で40年経過)は、昨年2016年5月に廃炉になっていて、2号機(同82年で35年経過)は、12年から停止中で四電は再稼働、廃炉の判断を示していない。一方3号機(同94年で23年経過)は、2010年から国内2例目のウラン・プルトニウム混合酸化物燃料によるプルサーマル発電を始めていた。現在は定期検査のため、休止している。 はっきり言って原発は、ないに越したことはない。だから時間(30~50年ぐらい)をかけて、全廃する。もちろんその間に、火力発電に変わる発電方法を編み出さなくてはならない。今の社会で電気がない生活は、あり得ない。「命」か「生活」かと二者択一を迫られても、生活がなければ命も絶える。命がなければ、もはや生活も続かない。 全国にある原発の内、30基程度は稼働させないと、廃炉にするにしてもその費用もかかるし、国民生活でも電気料金が倍や3倍になったら、生活が成り立たなくなる。そして底辺にあるCO2削減、地球環境を守ることからも、原発の稼働は必要だ。今年は特に寒い、地球が疲れていると私は心配する。 今回の判決では、「火山リスク」をNOの理由としているが、火山は日本全国に多く存在していて、この理論で進めば、原発の再稼働が難しくなる立地は増える。むしろ再稼働できる原発は、10基もないのかも知れない。 歴史を見れば、戦後アメリカから勧められた原発建設計画だが、最初は資源のない日本にとって救世主のように写った政策だったが、そのうちに、今抱えているようなリスクに気が付いた通産省や内閣は、これを隠蔽して国策として原発を増やしていった。田中角栄もその旗振りだ。気が付いた頃に反省して、政策転換をしていたら、今のようにはならなかったと私も思う。 しかし不幸なことにここまで来てしまったら、一気呵成に廃炉論をブームにして、ポピュリズムで突き進むことは、日本を危うくする。四国電力も勿論だが、全国の電力会社が潰れたら、「ざまあみろ」では決してすまない。伊方町へ行ってみてご覧、原発で生活が成り立っている景色がそこにあります。 |