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屋島組登山は天気晴朗波穏やか
先週の屋島組は、ここ屋島の対岸庵治半島の里山へ遠征したのですが、私は病院検査でした。昼食の海鮮丼が美味しかったという感想、山そのものよりも、周辺情報に花が咲きます。庵治から屋島を見ると、その特徴からはっきり場所の特定が出来ると思います。同じように対岸の庵治半島の付近には五剣山があり、そこには四国霊場八十八カ所巡礼の一つ85番札所『八栗寺』があります。

「八栗の聖天さん」として親しまれる歓喜天を祀る八栗寺は、弘法大師が植えた「焼き栗」が芽吹いた伝承が寺名の由来ですが、商売の神様として信仰が厚く、毎月1日の早朝参りを習慣にされている商人もいるほどです。昔深酒をしていた頃、夜の店のオーナーに誘われて、チエーン店従業員男女20人くらいでお参りしたことがありました。寒空の中、オーナーら幹部は拝殿で熱心に唱えていました。手土産の一升瓶を、毎月これをやっているとのこと。

私はその一回だけでしたが、夜が明けてからも一番に参拝するという信者が、何人もいました。37歳で死去した父親が存命の頃、家族4人で八栗寺に参りおみくじが大凶だったと母親に聞いて、八栗さんは行きません。同時におみくじも、引いたことがありません。母親の嘆きを、今でも覚えています。『三つ子の魂百まで』の一つだと思います。

今日の屋島組、特に目に入ったのは廃墟とかしているホテル甚五郎の脇に注射している乗用車の惨状です。毎回荒廃が進んでいるのですが、明らかに第三者がいたずらして壊れ方が悲惨になっています。勿論『香川県』からの張り紙も、初期の頃は目立っていましたが、ナンバーがついていることから所有者も特定出来ているとは思いますが、ここまで壊されると、代執行で撤去できないモノかと考えてしまいます。

さらに隣接地には先のホテル甚五郎の廃墟が、こちらも日に日に荒廃が進みます。大西秀人高松市長も議会答弁で苦慮している交渉の内容を吐露していますが、手つかずの様子。3階建て(一部4階建て)、複数棟構成の大規模ホテルで最上階の展望風呂が売りで、客室数51室(2階22室、3階29室)。 結婚式場「寿の間」や宴会場「源氏の間」を備える大型施設で、名物料理「源平鍋」がガイドブックに掲載されるほどでした。私も全国大会総会に、招かれたことがありました。

1960年創業2002年閉業で、その間42年間、眺望の良さと規模の大きさから当時は人気の宿でした。当時アクセスは有料道路でしたから、宿に入ればそこで飲むしかなく、宴会は大変な盛り上がりでした。それが今や昔、当時の看板もそのまま放置され、詳細は知りませんが想像するに、経営者は自己破産でしょうね。土地は、屋島寺の借地でしょう。やがてはこちらも、代執行で撤去せざるを得ないのでしょうが、今リニューアル中の『新屋島水族館』の完成がタイムリミットか。





| http://nobuchin.0011.co.jp/index.php?e=6935 |
| 社長日記 | 10:57 AM | comments (1) | trackback (0) |
事業をしている人には絶大な人気を誇る地元の”八栗さん”は毎月の≪一日参り≫を欠かさない友人も多数います。私も若いころ元旦には暗いうちから車で一寸刻みの坂道を上り、すし詰めのケーブルカーでお参りをするのが正月行事の一つでした。二人の娘が幼いころはそれはそれで楽しい思い出でした。
私が40歳の時父親が亡くなり、旧市内にあった工場を郊外に移転した年の正月、八栗さんで引いたお御籤が凶、げん直しに八幡さんで引いたお御籤も凶、極めつけは、金庫の上に置いた東浜恵比寿神社の縁起物の大黒さんの泥人形が床に落ちて真っ二つ!ここまで縁起の悪い事が続くのかと、専務の弟と笑いの中にも、今後は十分気を引き締めて経営に当たれよ!との神仏の戒めと思い精進してきました。結果40年弱の今、事業を承継してくれる従業員にも恵まれ、私は相談役として毎日会社で好きなことをさせてもらっています。
| 南條久輝 | EMAIL | URL | 2025/12/24 09:04 AM | GlaNH1us |


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