ネタが尽き、どうしたものかと考えたところ、稲盛和夫塾長を学ぶ経営者集団がこれまでの機関誌から学ぶ『機関誌マラソン』があり、そこから「南洲翁遺訓」を題材にしたものが丁度今週のテーマでした。その中から拾ってみます。
経営の判断基準を「人として持つべき基本的な倫理観」に置くという稲盛和夫塾長の考え方を、西郷南洲の唱える西郷南洲遺訓から拾っています。経営において、判断基準となるべき哲学、思想、また周囲の人たちから信頼と尊敬を得るような人間性をつくるための哲学、思想、そのようなモノが大事だということを稲盛和夫塾長は強調しているのです。
嘘を言わない、人を騙さない。人を妬んだり恨んだりしない。愚痴を言わない。常に勇気を持って仕事に当たる。優しい思いやりの心を常に持つ。1謙虚にして驕らず 2善き思いを持つ 3誰にも負けない努力 4利他の心を持つ。勉強した知識は、見識にまで高める。見識とは、確固たる信念にまで知識が高まっていること。そこから胆識にまで高めなければ、いざという時に実行はできない。
遺訓一 功労ある社員の遇し方
廟堂(びょうどう)に立ちて、大政(たいせい)を為すは、天道を行うものなれば、些(ち)とも私(し)を挟(はさ)みては済(す)まぬもの也(なり)。いかにも心を公平に操(と)り、正道を踏み、広く賢人を選挙し、能くその職に任ゆる人を挙げて政柄を執らしむるは、即ち天意也。それゆえ真に賢人と認むる以上は直ちに我が職を譲るほどならでは叶わぬものぞ。
故に何程国家に勲労有り共其職に任へぬ人を官職を以て賞するは善からぬことの第一也。官は其人を選びてこれを授け功有る者には俸禄を以て賞し、これを愛し置くものぞと申されるに付きー。
訳文
政府にあって国の政(まつりごと)をするということは、天地自然の道を行うことであるから、たとえわずかであっても私心を差し挟んではならない。
だからどんなことがあっても心を公平に堅く持ち、正しい道を踏み、広く賢明な人を選んで、その職務に忠実にたえることができる人に政権をとらせることこそ天意、すなわち神の心にかなうものである。
だからほんとうに賢明で適任だと認める人がいたら、すぐにでも自分の職を譲るくらいでなくてはいけない。従ってどんなに国に功績があっても、その職務に不適任な人に官職を与えてほめるのはよくないことの第一である。官職というものは、その人をよく選んで授けるべきで、功績のある人には俸給を与えて賞し、これを愛しおくのがよい、と(西鄕南洲)翁が申されるのでー。
わが経営の置き換えてみると、長く忠勤に励み創業以来ともに汗を流して働いてくれた人でも、その役職に耐える人物でなければ役員に任命してはならない。その人には、給料やボーナスで評価して、長く努めてもらうことですよと稲盛和夫塾長は旧盛和塾生に教えています。