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83歳堀江謙一さん再び太平洋一人旅
小型ヨットで単独無寄港の太平洋横断を目指して3月に米サンフランシスコを出港した海洋冒険家堀江謙一さん(83)が4日、ゴールに設定した紀伊水道を経て、拠点にしている新西宮ヨットハーバー(兵庫県西宮市)に到着した。69日間、航行距離約8,500キロの航海。挑戦をサポートした事務局によると、世界最高齢での記録達成となったようです。

堀江謙一さんを知る人は少なくなっていると思いますが、60年前の1962年、先の東京五輪前に世界初のヨットによる単独無寄港太平洋横断に成功。帰国後に執筆した航海記『太平洋ひとりぼっち』がベストセラーになり、確か石原裕次郎主演で映画化もされたと記憶しています。彼が2度目の太平洋単独横断を、4日午前2時39分に達成した。それも83歳で、私もまだ13年もある。大変な励みになります。

エンジンを持たないヨットは、紀伊水道からは迎えの船にロープで曳航され、4日午後5時頃、同ヨットハーバーに到着。堀江さんはヨットをゆっくりと接岸後、岸壁に集まった多くの人に船上から手を振った。ヨットはバーバー内に停泊し、堀江謙一さんは5日に検疫などの手続きをした後、帰国セレモニーや記者会見をした。

堀江さんは3月27日(日)に全長約6㍍(前回とほぼ同じ)、重さ約1トンの『サントリーマーメードⅢ号』で米国サンフランシスコを出航した。前回と違い、船内の電源はソーラーパネルで賄い、衛星を介した通信でスタッフらと連絡を取りながら航海を続けた。前回はラジオしかなかった。食事はレトルトカレーなどが中心で、楽しみは大海原を眺めながら飲むノンアルコールビールだったようです。

風が穏やかな日には海水で身体を洗い、「タオルで拭かず貿易風に任せました」とリフレッシュした様子も綴っていた。孤独な航海では、小中学生らと繰り返したアマチュア無線での交信が励みとなったと言う。今回は太陽光パネルを積んでいて、電源は前回のバッテリーだけから随分解放されたと思う。アマチュア無線をかじっていた私も、廃れかけたハム仲間予備軍、子どもたちへの動機づけになったと大変嬉しい。

今回の航海は、堀江謙一さん自身の高齢化に比して、難所とみられていた黒潮の海域は一時停滞も余儀なくされたが、細心の注意を払える経験から来る余裕も、また太陽光パネルなどの科学の進歩も高齢化を補ってあまりある環境に恵まれた。60年ぶりの『逆うち』、堀江謙一さんはまだまだ若者やおじさんに勇気をくれる。私には、まだ13年も先がある。


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| 社長日記 | 08:50 AM | comments (0) | trackback (0) |

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