例会純出席千回を目標に、ライオンズライフを楽しんでいたL横井潔が、2月の例会前に急逝したとの連絡がありました。自宅で倒れて、そのまま彼岸へ渡ってしまった。あまりにも突然すぎて、奥様も右往左往するだけ。散髪へ行って、次の例会出席を楽しみにしていたと奥様に聞いて、涙腺があまい私はもらい泣きしてしまいました。
今日の例会はL横井潔を偲ぶ会で、出席者全員が献花し故人の冥福を祈りました。私が高松栗林ライオンズクラブへ入会したのが昭和58年1月で、『横ちゃん』が同じ年の5月でした。『同期の桜』と讃えたり、足を引っ張ったりあいしながら39年間在籍していました。今日の献杯で、L香川明俊は『分を弁えた男』とL横井潔を讃えていました。
会歴が古く、ライオンズクラブ界を知り尽くした男で、例会の受付からメンバーの葬祭まで必ず受付に駆けつけていました。またそれ以上にクラブの宝である彼の存在価値は、『日暮亭茶会』の段取り役。前職が『お茶のかをり園』で、彼自身が京都で修行をした茶人でした。そのため入会してからの日暮亭茶会(栗林公園内掬月亭での茶会)は、彼が仕切ってくれていました。
その反面会長職就任は、私も何度か奨めたのですが、決して首を縦に振りませんでした。これをL香川明俊は、『分を弁えた男』と表したのでしょう。過去の高松栗林LCは、第三副会長から二、一へ進んで次ぎに会長になるのがしきたりでしたが、彼は第一副会長を二度ほど歴任しましたが、どんなに脅してもスカしても、会長職は受けませんでした。
享年80歳、やはりこの時代の男は、頑固一徹。持論は決して曲げませんでした。928回連続純出席に終わってしまいましたが、そもそもライオンズクラブの世界に『純出席』という制度は存在しません。例え月2回の例会に欠席しても、2週間内の理事会委員会等クラブの公式会合に出席したら、例会に出席したモノのと看做されるというのが国際ルールです。
このルールから、私も皆出席です。しかし正味の話し、例会純出席は決して出来るモノではありません。その意味からも、L横井潔は偉大な影の巨人でした。残念でなりませんが、先に彼岸に渡ったL吉村屹やL春田勉、L森荘太、L吉田義治らと仲良く一杯やっていることでしょう。冥福をお祈りしています。
加えて小生の、『旭日双光章』に対するクラブからの祝品も頂きました。高松栗林ライオンズクラブも設立60周年を迎えて、何人かが叙勲を受章しています。最近は、L徳永孝明が栄に浴したと記憶しています。今回も新型コロナウィルスの感染拡大に伴い、皇居での天皇陛下拝謁は叶いません。香川もゴールデンウィーク期間の来県者も多く、一昨日は過去最高の510人のコロナ新規感染者を出しています。記憶にも歴史にも残る受章時期ですが、皇居へ参内出来ないのは残念であります。
直接は不動産業界での功労ですが、商売抜きのライオンズ界のメンバーに讃えられることは、高校時代に奨学金を頂き今日までメンバーとして在籍出来ている環境に大感謝です。今日も先輩ライオンに言われました。「身体に気をつけて、酒をやめて甘いモノもほどほどに」、先輩はよく見ています。