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太陽炭に賭けた命by白崎満千子
尊敬してやまない田村日出男様さんが、息子(田村正之さん)の本よりこちらを読んで下さいと持ってこられました。田村日出男様には田村正之さんの本や、その他、色々の本を頂いています。私は本を下さる人を尊敬しています。花樹海のオーナー三矢昌洋さんも、その一人です。頂いてもお礼が出来ていませんが、感謝しています。

標題の本は、「主婦社長・白崎満千子」さんの大活躍を綴った記録集です。先に57歳で逝った旦那様白崎博光氏が燃やし続けた意志を継いで、主婦が歩んだ波乱万丈記が綴られています。博光氏が創業した、「インドネシアの製材工場から出る「おがくず」を現地で圧縮・高温加工して作る「太陽炭」。それを白崎満千子さんが、夫の死後守り拡大した記録集です。

木を蒸し焼きにして、炭を作る。蒸し焼きにする材料は、木でなくて「おがくず」。おがくずとは、木材の切れっ端や切れ屑のこと。このおがくずを機械でより分け、湿度を一定にしてから製圧機に流し込む。それを高温で乾燥させ、長さ1メートルの棒状に成形する。化学薬品は一切使わない。木が持っている自然の脂(やに)もいかし、かしの木のような堅い堅い素材を作る。

この素材をすぐに焼き上げないと、スコールの多いインドネシアでは湿り気を帯び、元の柔らかさに戻ろうとする。直ちに釜の中に積み上げて火入れをし、蒸し焼きにする。1200度の高温で15日間、夜も眠らずに見張りを続けて焼き上げるのです。一日に何度も、スコールがある。バケツをひっくり返したような雨が高温の窯にかかると、窯に亀裂が生じる。

そうなると中に水が入って、木炭は全滅する。そんな失敗を繰り返しながら、太陽炭製造技術を編み出していった。何度も何度も試行錯誤を繰り返しながら、白崎博光(57歳で逝去した白崎満千子さんの夫)氏が、5カ国人を束ねて、セラム島の第一工場で太陽炭は誕生した。パーツを組み立てる工場全体の設置作業も、大変であったと書かれています。

ユンボ(パワーショベル)もブルドーザーもない中で、知恵と汗との戦いでありました。このような苛酷な環境の中で、夫・博光氏の太陽炭づくりを白崎満千子が引き継いで、今では息子慶太さんが社長として親の意志を継いでいる。高温で処理された炭は、日本の備長炭のように堅く、有害物を出さずに灰になる。灰は肥料になる、環境にも優れた商品であります。

この白崎満千子さんは、1936年香川県三本松町(現東かがわ市)に生まれる。地元三本松高校のOG。政治学者で、東京帝大の総長を務めた南原繁先生が大先輩と書かれている。樋端久利雄のことも書いてほしかった。今でも、東かがわ市と大阪にお住まいです。失敬ながら、どこにでもいそうな可愛いおばあちゃんの半世紀です。



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| 社長日記 | 03:34 AM | comments (0) | trackback (0) |

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