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お釈迦様の仏説比喩経解説昨日の続き
正月三日は、第102回東京箱根間往復大学駅伝競走大会復路です。青学大が、総合3連覇を大会新記録で成し遂げました。二度目の3連覇は初めてのこと。青学大の底力と、指導者、青学大原晋監督のマネージメント力の融合を見ました。ところで昨日の小欄で、お釈迦様の仏説比喩経の原文を紹介しました。ここに残すことは、自分のためでもありますが、多少の人生経験のある方には「うむうむ」と思うところがあると考えて、ここに紹介します。

まず登場するのは『旅人』ですが、この旅人こそがわれわれ人間なのだと、お釈迦様は説いておられます。『晩秋の夕暮れ』とは、一人で生まれ一人で死んでいくしかない、厳しくも寂しいわれわれの人生を表しています。また『虎』は、われわれ人生における病気や災難を表しています。つまり、病気や災難に遭って虎に食われると、死を迎えることになります。その病気や災難から逃れようと、必死になって逃げてきて辿り着いたのが大きな『松の木』です。

『松の木』は、この世で一生懸命頑張って築いてきた『地位』や『財産』や『名誉』を意味しています。地位、財産、名誉にすがったら救われるモノと考えて、一生懸命に生きてきても、必ず『虎』つまり病気や災難は迫ってきます。だから地位、財産、名誉も何の足しにもなりません。結局人間は、頼りなさそうな藤づるに、自分の身を託さなければならなくなるのです。

一縷の望みである藤づるを相互に囓る白と黒のネズミとは、昼と夜、すなわち時間の経過を表しています。昼と夜が交互に来て、容赦なく時間が過ぎていく。つまり、一日一日死に近づいていくのが人生です。死ぬのが恐ろしくて病から逃げ、どんなに生き延びようとも、人間は必ず年をとり、やがて死を迎えます。白と黒のネズミが囓って藤づるが摩滅していくのは、そのようにわれわれが年を経るにしたがって、寿命がつきてしまうということを表しているのです。

そういう絶体絶命の中で、時間が経てば、蔓が切れて落下していく。下の方には、赤と青と黒の竜が口を開けて待っている。その竜は、われわれ人間が作り出したモノで、赤い竜は『怒り』、青い竜は『欲望』を表し、黒い竜は『愚痴』を表しています。つまり先ほどお話しした人間の三つの煩悩である『三毒』です。自分の心に抱いた悪魔のような煩悩が、赤・青・黒の竜となって下の方で待っているとお釈迦様は描いておられます。

そんな浅ましいほどの煩悩を片時も忘れようとしないで、それに溺れて生きているのが、人間の偽りのない実相だとお釈迦様は教えています。無論欲望や煩悩というものは、人間が生存していくためのエネルギーでもありますから、それを一概に否定するわけにはいきません。しかしそれは同時に、人間を絶えず苦しめ、人生を台無しにしてしまいかねない猛毒も有しています。

考えてみれば、人間というのは何と因果な生き物でしょうか。自分たちの生存に不可欠なエネルギーが、そのまま自分たちを不幸にし、滅ぼしかねない毒でもあるのです。したがって大事なのは、出来るだけ欲を離れることです。三毒を完全に消すことは出来なくても、それを自らコントロールして抑制するように努めることが大切です。

いささか説教じみた比喩話になってしまいましたが、私自身こうしたたとえ話は身にしみて「うむうむ」と思うところがあって、ここに紹介しました。長くなりましたが、一杯やりながら読み飛ばしてください。今年もよろしくお願いします。


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| 社長日記 | 08:10 PM | comments (0) | trackback (0) |
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