2025,03,04, Tuesday
4日わがクラブ第1497回例会に、高松屋島ライオンズクラブの中西俊介会長がビジター参加され、挨拶で「クラブ解散が可決されました」と突然の解散宣言がありました。高松屋島LCは、先の東京五輪が開催された1964(昭和39)年10月13日に、わが高松栗林ライオンズクラブがスポンサーして結成されたクラブです。今年が丁度六十周年という記念すべき年ですが、何の前触れもなく、突然の解散宣言です。
私は入会してまだ40数年しかならず、周辺でクラブ解散という悲報を聞いたことがありませんでした。わが耳を疑うというか、「どうしてそんなことが起きるのか」と叫びたくなる心境です。高松屋島LCは唯一の子クラブで、ある意味自慢の子クラブでありました。事前の相談もなく、しかし相談されても手の施しようもなく、ただただ驚くばかりでしょうが。 ライオンズクラブは、先の高松東ライオンズクラブ六十周年のように、10年ごとに結成を祝う式典や記念奉仕活動をして、クラブ内の活性化に刺激を与えながら今日まで続いて来ました。親クラブの高松玉藻LCも弱小化し、クラブ会員数一桁まで落ち込んでいますが、地区名誉顧問松前龍宗元地区ガバナーが何とか解散にならないように頑張っています。 こうしたメンバーが一人でもいたら、ライオンズクラブは継続できますが、屋島も会員10名で議決を求め、9名解散賛成ひとり意見保留のような状態になり、最終的に全員賛成して解散を決めたようです。私も人脈が多い方ですが、何も知らないままことが運んでいます。あの人この顔、走馬燈のように浮かんできますが、極めつけは、昨年11月17日の屋島LC披雲閣茶会、これが屋島LCのメインアクティビティですが、これすらわずか5名のメンバー参加だったようです。 私も茶席に座りましたが、悲壮感はありませんでした。高校生茶道部の手伝いが多く、いつものように屋島大茶会が行われ、成功裏の終わったモノと見えていました。親がこけ子がこけて、われわれのクラブも決して人ごとではありません。本日は、次期7月からの新体制役員の指名会報告があり、次期態勢が整ったようです。このところ新会員の招聘が言われていて、会長方針で12名の会員獲得が喧伝されていますが、まだ数名の実績しか挙げられていません。 子クラブの解散を聞いて、震撼する高松栗林ライオンズクラブの私です。 |