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香川用水通水から50周年西讃三豊市財田の香川用水記念公園で水口祭
小欄でもたびたび登場する香川用水ですが、配水の安全と豊潤を祈願し、水の恵みと水源地域に対する感謝を示す『香川用水水口祭』が11日、三豊市財田の香川用記念公園で執り行われたと報じられています。『水口(みなくち)』は入り口という意味で、標準語だと思いますがさぬきでは、田んぼの水関係でよく使われます。昔のさぬき路は、水の取り合いでした。

この時期田んぼに水を入れるのに『寝ずの番』をして、田植えに備えていたと聞きます。分水堰では『線香』を炊いて、時間の管理をしていたとか。今のように香川用水網が出来、香川県の西から東端までくまなく配水されるようになったのは、高知の早明浦ダムにためた命の水を徳島県の吉野川に設けられた池田ダムで受けて、県境をまたぐ導水トンネルを経由して初めて水面を見せる東西分水工で、この記念公園の水口まで勾配(高低差)で通すのです。日本人(人間)の英知を結集し、実に見事で見ても美しい造形美であります。

香川用水は、総工費3,200億円(内香川県負担1,154億円)で、1974(昭和49)年5月30日の暫定(上水道だけで後に農業用、工業用)通水から50周年を迎え、水口祭は40回目の節目。昭和49年は、10月に長嶋茂雄氏が「巨人軍は永遠に不滅です」と引退し、翌11月には金脈問題で田中角栄首相が退陣表明(26日)、12月1日に自民党副総裁椎名悦三郎は、自民党本部の総裁室に福田康夫・大平正芳・中曽根康弘を呼び『椎名裁定』を伝えた。この後9日に、三木武夫内閣が誕生したのでした。

香川用水は明治の世、現職議員だった大久保諶之丞が提唱したと聞いています。彼は瀬戸大橋構想も提唱したのでしたが、比較的現実的県民性の県人気質と言われる枠を越えた大久保諶之丞。平凡な香川県県民の中にも、こんな先人も間違いなく香川県県民です。

会場には関係者や見物客ら約500人が詰めかけ、『財田鍬(くわ)おどり』などの奉納演舞が盛大に催された。事前に知っていたら、私も駆けつけたように思います。香川用水は11日から灌漑期(かんがえき)に入り、農業用水の取水量が前日までの3倍に増えた。今年は春先に平年を上回る雨があり、早明浦ダムの貯水率は100%になっています。

何度かの渇水体験から、水量の管理が科学的に行われています。早明浦ダムがこうですから、地元の池でも今がピーク。これからのさぬき路は、徐々に水が入り、カエルが鳴きなじめ、アマチアー無線のアンテナのインピダンス(抵抗値)がよくなり、電波がよく飛ぶようになります。


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| 社長日記 | 09:58 AM | comments (0) | trackback (0) |
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