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交涉プロフェッショナルby島田久仁彦
『国際調停の修羅場から』と副題のついた、ハーバード大学交涉インストラクターを歴任した国連紛争調停官・日本政府交渉官。日本人として、世界を相手に『国際ネゴシエーター』としての仕事を、完璧なまでにやり遂げる交渉官の話。もちろん民間の、一般社会にも通じるその人の考え方とテクニックを余すところなく披露した、私にすれば記念すべき名著であります。

同時に買い求めた『最強交渉人のNoをかならずYesに変える技術』も、島田久仁彦氏が先の『交涉プロフェッショナル』を上梓した2013年10月10日第一刷発行とほぼ同時に本人から世に出たモノであります。私も最初に『最強交渉人の・・・』を手にしたのですが、あまりにもノウハウ本の色合いが強かったモノで、後から出版された『交涉プロフェッショナル』を読んでみました。

この選択は我ながら正解で、島田久仁彦氏の言わんとすることがうまく伝わりました。ストーリーがないと、その人がどのような流れ、どのような状況下でそう考え判断し、行動したのかが分かりません。そういう意味では、『交涉プロフェッショナル』を先に読むことをお薦めします。一言、世界を股にかける彼の交渉術の肝は、『飲みニケ-ション』だそうですよ。洋の東西、大小規模も関係なしの秘伝のようです。

われわれは『安全保障問題』と『環境問題』を比べて、環境問題を軽く見がちですが、環境問題とはじつは安全保障問題そのものだと言って良いくらい。地球温暖化、大気汚染、生物種の減少や絶滅、森林や湖沼の枯渇など環境の変化は、人間が地球上で生きていくための土地、水、食糧、エネルギーなど全ての資源に影響を及ぼすから。気候変動はまた、エネルギー安全保障問題としてとらえることも出来ます。

このように、気候変動問題は、ただの環境問題には留まらず、経済、健康、公衆衛生など人の暮らしの様々な局面で問題を引き起こします。「あそこには水がある」「ここでは米がとれる」「あっちには鉄鉱石が埋まっている」と言った資源争いが、最終的に国全体を巻き込む内紛や戦争につながっていくわけです。そして環境問題が食糧資源、エネルギー資源と直結する以上、環境と安全保障を切り離すことは出来ないのです。

2010年12月18日のチュニジアでの暴動から始まった『アラブの春』にも、気候変動問題が大きく影響しているように思われます。『アラブの春』に関して、メディアでは「中流階級に属する大学生たちのソーシャルメディア(とくにフェースブックFacebook)を介した統治者への反乱」という構図で報道された『フェースブック革命』とも呼ばれました。

しかしそれとは別に、気候変動の影響により、主食とする小麦が大変な不作となり、小麦価格が高騰したことも暴動の大きな要因だったのです。とりわけ、エジプトとリビアでは、それが顕著でした。2009年から異常気象が続き、アラブ社会で主食とする小麦の収穫高が連続で大幅に減少し、低所得者にとって、小麦製品は手の届かない『主食』になってしまった。その結果、貧しい層が主食にありつけなくなり、生存をかけた暴動が起きたのです。

もう一つだけ、世間の失望をかった案件を紹介しておきます。比較的庶民でも聞いたことのある『京都議定書』(地球温暖化を防ぐため、その主犯とみられている温室効果ガス(二酸化炭素CO2探査、メタンほか計六種類)の排出量を、条約締結国で協調しながら削減していこうというのが目的)です。1997年12月11日に採択され、2005年2月16日に発効したモノです。

京都議定書の歴史的な意味は、非常に大きいと考えられています。京都議定書は、地球環境問題に関する国際的な条約の中で、歴史上初めて主権国家を数値目標で縛る規定を盛り込んだものだから。2008年から2012年までの京都議定書第一約束期間、議長国の日本はその役割の先頭を切って温室効果ガスの削減に努めていました。

なのに、次の第二約束期間では仲間から外れたのか。もちろん京都議定書の、コアメンバーとしては残っています。カナダなどは、メンバーからも外れました。その理由は、1997年当時は、工業化・都市化の進んだ先進国と開発途上国では、排出しているガスの量も違えば、これからの排出量の伸びしろも違います。問題解決に貢献する役割も、同等に考えることは出来ない状況でした。

ひとことでいえば、議定書採択当時と現在では世界の経済社会構造が激変したため、実情とルールが適合しているとは言えない状況になったからです。そもそも議定書にある温室効果ガス排出量の削減目標(1990年比)も、実際にはヨーロッパとアメリカのせめぎ合いから、密室での妥協の産物として決まったモノだった。最大の計算違いは、中国をはじめとした新興工業国の急成長です。京都議定書は先進国に削減目標を課すモノであって、当時は(そして今も)まだ中国は先進国にカウントされていません。

2008年、9年あたりになると、京都議定書で規制をかけられた先進国の排出量が総排出量に占める割合は、26%台まで下がってしまった。これでは本来の京都議定書の目的とあまりにも乖離するというので、日本は第二約束期から外れました。ある意味世界に向かって『NOと言えるニツポン』へプレゼンスをあげたのです。これが国際交渉の修羅場の一つでありました。

最後に島田久仁彦は、「人が何事言おうとも、神が見ている気を鎮め」と座右の銘を書き、理由を述べています。「私はきっと、目立ちたがり屋の気分が人一倍強いであろうことを自覚しています。でもその一方で、スタントプレーをせずとも、誰かがふと、どこかで気づいてくれればいいと思っているのも本心です。

島田久仁彦氏のような交涉の達人、日本人にもいるのですね。最強の交渉人は、『戦わない交涉術』を最高の武器としています。価値ある一冊でした、お薦めします。




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| 社長日記 | 09:14 AM | comments (0) | trackback (0) |
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