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香川県庁舎東館耐震改修工事完了見学会
1958(昭和33)年5月、東京大学工学部建築学科・丹下健三計画研究室が手がけた香川県庁舎東館が完成してから62年。この耐震改修工事が約3年(工事着手から2年余)の歳月を費やし、このたび完成し、県民へのお披露目が25日(土)26日(日)の両日、都合4回に分けて行われた。県民の関心も高く、私もその一人として、26日の2回目のB班(最後の最後)に滑り込みました。

東館は、当時の売れっ子建築家丹下健三氏をトップとした丹下チームが、金子正則香川県知事の要請を受けて設計したモノで、竣工時から世界的評価を得ていました。金子知事は、「民主主義時代の県庁としてふさわしいこと」「観光香川の県庁本館としてふさわしいこと」「県民に開かれたスペースであること」「できる限り香川県産の物を使うこと」の4つを希望したという。

玄関の受付台の庵治石や、クロークなどの木材は県産で「桜木工」が手がけた。2階県庁ホールの出入口は、香川漆芸の後藤塗りが使われたり、全面ガラス張りの開放的な1階ロビーの壁面に香川県出身の洋画家、猪熊弦一郎の陶板壁画「和敬清寂」が、おおらかな表情で人々を迎える。私のB班がピロティーを見学中、自動ドアーから県庁舎へ入る親子がいた。







今日の日曜日は見学客だけの応対で、一般県民は入れない。「オイオイ」と近づくと、なんとママと百笑(ももえ)ではないか。何という偶然か、A班であれば今頃地下にいる。近くの中央公園への散歩の途中、開かれた県庁舎へ立ち寄ったようだ。親は大変だが、ももえは自由気ままに歩き回る。南庭には池もあって、落ちると大変だ。



あれから62年、丹下健三氏は建築界のノーベル賞と言われている、「プリツカー賞」を日本人初で受賞している。また日本に8人いる受賞者にも、その後大きな影響を与えている。プリツカー賞 は、アメリカのホテルチェーン「ハイアットホテルアンドリゾーツ」のオーナーであるプリツカー一族が運営するハイアット財団から建築家に対して授与される賞であります。私の知るところでは、丹下健三氏と安藤忠雄氏の二人ですが、業界人には垂涎の的でしょうね。

耐震改修は、免震レトロフイット工法が用いられ、庁舎を利用しながら耐震改修工事が出来たという優れた工法。また、文化的価値の高い東館の外観及び内観を変えずに耐震工事が出来ました。工事費は42億円と聞きました。当時施工を担当した「大林組」が改修工事もし、現場説明会でも丁寧に対応してくれました。仮に新築工事をするとすれば、80億円程度はかかり、新築であればさらに解体費と移転費用が加算された。









その説明によると、建物と地盤の間に免震装置を設置することで、地震のエネルギーを吸収し、建物全体の揺れを小さくする免震レトロフイット工法がとられた。その免震装置は、「免震支承」積層ゴム(全24基)と「減衰装置」オイルダンパー(全10基)の二つからなっている。勿論この2種類が、数多く並んでいます。現場はこの機会でないと見学できないのですが、地下駐車場B1から、ガラス窓越しに中を見ることが出来ます。

平たく素人的に言えば、建物全体を100本以上の仮設鋼管杭で支えて、この仮設鋼管杭(1mの鋼管杭を溶接で繋いで支持地盤まで延ばす)の回りを重機で掘って、地盤改良工事をしたり、新しい基礎として厚さが1.5mの鉄筋コンクリートのマットスラブを構築しています。旧地盤から5mは掘ったのでしょうか。このマットスラブが新しい地盤となり、この上に免震基礎を設け、既存基礎との間に免震装置を設置します。

その後に鋼管杭にかかっていた建物の荷重を免震装置に移動させ、出ている仮設鋼管杭をガスバーナーで焼いて撤去します。62年前に作られた基礎全体をもち上げて、新しい基礎地盤を作りました。ゴムの免震装置で支えて60年間はこの状態を保つことが出来ますが、心配されている南海トラフ巨大地震等で大きなダメージを受けたら、その時は交換の可能性もあります。従って、交換できる構造になっています。

私も素人ながら、昔の基礎コンクリートがこの先も荷重に耐えられるのかと質問をしましたが、62年前のコンクリートは砂も川砂で、質が良いそうです。逆に形状を整えるためのコンクリートの「はつり」に、一箇所で3日もかかったそうです。また公共事業で、手抜きもありません。ましてや東大チームが、日夜監理しています。大成建設も、忠実に作業をしたのでしょう。

同時に、外観の手すりと格子も軽量化が図られました。また基礎下の免震化だけでは、地震への耐力が不足する部分には、鉄筋コンクリートの柱・梁を設置するなどの目立たない耐震補強工事をしています。ピロティ天井の木製ルーバーも復旧。驚きは、床の敷石の石も当時の物が再利用されています。解体時に、畳一畳程度の大きさ内の石をはつり袋詰めして保管、同じ場所に戻し、石を並べてその間にコンクリートを流して固めています。

南庭は途中で一度改修していたので、この機会に最初の62年前の姿に戻しています。これで、南海トラフ巨大地震など極めて稀に起きる大地震に対して、防災拠点施設として建物機能が維持できる県庁舎が完成しました。さてこの先、丹下健三氏設計による「県立体育館」の扱いは、果たしてどうなるのか。

モニュメントは、一つあれば十分のように私は思います。現に丹下健三設計の「高松一宮住宅団地(1960~64年)は、現存していません。


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| 社長日記 | 09:23 AM | comments (0) | trackback (0) |
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