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ギリシアの旅4日目はイテアから2019
イテアのホテルから出て、世界遺産のデルフィへ向かいます。そうそうこのホテルの前には地元スーパーがあり、ガイドさんに薦められて大勢が「オリーブ3㎏缶」を買ったようです。安いのは有り難いのですが、3㎏は多くない?そうでなくても重い大型トランクの岩本和敏さんの荷物は、私には持ちあげられない重さ。ファーストクラスでなければ、追加料金を請求されそう。

さてさてデルフィですが、世界遺産に登録されている、古代ギリシアの「聖地デルポイ」の現代名であります。現代のデルフィは、デルポイの遺跡の付近にある集落の名であり、フォキダ県所属の基礎自治体(ディモス)の名でもあります。自治体としてのデルフィ市の中心地は、アンフィサに置かれている。

デルフィ市には、遺跡に興味を持つ観光客以外にも、パルナソス・スキーセンターを訪れるスキー客や、海岸を訪れるリゾート客が訪れる。地中海ギリシアでスキーをすると言えば、日本人のわれわれには大いに疑問がわく。しかしドバイ空港の壁面にも、スキーをしている姿がポスターになっていた。

ここから専用バスで、世界遺産のオシオス・ルーカス修道院へ向かいます。オシオス・ルーカス修道院は、ギリシア共和国中央ギリシア地方ヴィオティア県ディストモのヘリコン山の麓にある、ギリシア正教会の修道院であります。10世紀に設立され、中期ビザンティン建築の傑作と言われる聖堂と、11世紀に作成されたモザイクが残る。 1990年、他の2つの修道院とともにユネスコの世界遺産に登録された。

カランバカは、ギリシアのテッサリア地方トリカラ県の都市で、世界遺産のメテオラ観光の拠点となる町。ドイツ・バイエルン州のシュヴァバッハと姉妹都市(ギリシアとドイツは昔から犬猿の仲であるが)。1881年8月27日、カランバカはトルコの支配からの独立が認められた。1943年4月23日にギリシア軍とイタリア軍の間で戦闘が起き、イタリア軍兵士70名が亡くなった。1995年、紀元前20世紀の墓が見つかった。

ギリシアについて、少しまとめてみます。20年前の前回は、エーゲ海クルージングだけのギリシアでしたが、今回は一週間、むれ百年会ツアー事務局長の十河伯行さんの呼びかけ文でも大書されている、「古代文明の国ギリシア」だけで、よく見て回ると色々なことを見聞きして、印象が随分変わりました。

そもそも論ですが、ギリシアは正式には「ギリシア共和国」。首都は「アテネ」で、人口約1,100万人、日本の1割。国の面積は13万2,000K㎡、日本の面積のざっくり3分の1程度の国土です。瀬戸内海と似た多島美を誇りますが、その島の数は3600あります。公用語は「ギリシア語」、宗教は「ギリシア正教」。日本との時差は7時間ですが、サマータイム(時差6時間)を導入しています。

通貨はユーロですが、このところユーロ安になっていて、1ユーロ=120円前後、日本円からの換金は関西空港内の窓口を使いましたが、交換手数料を2円とられて、¥121.34でした。消費税が23%と聞きました。大卒の初任給は1200ユーロ(15万円)、1,000ユーロあれば1ヶ月の生活には支障が無いとか。自動車は日本の倍額、従って小型車が多く、特に最近日本からの低燃費車が入っていて、人気を博しているようです。

エーゲ海や山々が織りなす美しい自然のなかに、西洋文化(唯一の海洋文化)の基礎を生み出した古代の遺跡群が点在するギリシア。アルバニア・マケドニア(旧ユーゴスラビア)・ブルガリア・トルコと直接国境を接し、アドリア海を挟んでイタリアとも接している。そのため太古の昔から戦いに敗れ、大勢のギリシア人が殺戮された歴史がある。海の民は温厚だが、大陸の民は戦闘好きで征服欲が強いとは木下ガイドさんの言葉。












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| 社長日記 | 04:46 AM | comments (1) | trackback (0) |
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