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富山県八尾おわら風の盆
越中八尾(やつお)の、「おわら風の盆」にやって来ました。本日から3日まで、町内で繰り広げられる盆踊り大会です。全国的にも有名になり、毎年見物客が増えているようです。私も盆踊りははじめて、ここへは2度目の見参になります。

最初は今から数年前、まつりが終わってすぐの頃、盛和塾の塾長例会で富山へ来て、ここまで足を伸ばしました。入塾そうそう、香川塾代表世話人平田喜一郎氏とやってきました。

門々に、「まつりありがとうございました。」の張り紙がありました。何と几帳面な町なんだと感心しました。観光会館(曳山展示館)で、ネクタイを買ったのを覚えています。何となくお洒落な町、それが八尾の町です。100年の、古民家を建て直して15年という家を拝見しました。



毎年9月、旧暦の八朔に風封じと豊穣を祈って踊り続けられる「おわら風の盆」。石畳の町並みに三味線や胡弓の音が響き、浴衣姿の踊り手たちが静かに踊り歩く。江戸元禄時代から、300年続くと言われるおわら風の盆、2万人が20万人に膨らむ3日間です。

今年思い立ったのは、小説家高橋治氏の逝去報道です。小説「風の盆恋歌」で知られる直木賞作家の高橋治氏が(6月)13日、肺炎のため死去したと報じられて。86歳。葬儀・告別式は近親者で済ませ、喪主は妻、留美子さんと長男、文月涼さん。直木賞作家の最後としては、少し寂しい。

小説「風の盆恋歌」を早速、読んでみました。八尾に家を買う話しは、確かキムタク(きむらたくや)氏のご母堂様が、この地の一軒家を買い求め、風の盆を楽しんでいると聞いたことがあります。物語の主人公も、この地に家を買いました。

ここ八尾は京都のように、間口が狭く奥行きが20間(36㍍)あるそうです。見物客が見える範囲に、特定危険空き家はありません。きちんと管理された、町並みです。そして話しが、昔の思い出話から今の現実へ続きます。文庫本ですから、お買い求めの上で、想像を膨らませてくださいませ。

高松からは、瀬戸大橋線マリンライナー号から新幹線、新大阪から北陸特急「サンダーバード号」で金沢へ。金沢から、北陸新幹線で富山へ到着。7時間ぐらいかかりますが、大宮からの栗原さんは3時間弱だそうです。流石に新幹線は速い。加えてトイレは、ウォッシュレット(洗浄温水付)タイプとか。

富山から、富山地方鉄道立山線で約1時間の立山駅まで。ここからホテルの送迎車で、「森の風立山」へ。ここは、東日本ハウスのグループ会社の経営です。東日本ハウスの創業者の中村功さんは、香川県の高商の先輩です。岩手県盛岡から全国展開している会社です。



ここから、ホテルイベントとして、「八尾おわら風の盆」への送迎バスが出ています。まだ始めたばかりだというのですが、バス1台にわれわれ4人とホテルから1人。5人で、約1時間西へ移動します。流石に会場周辺は、厳重な交通規制がありました。

官民あげて、まつりに取り組んでいるのがよく分かります。会場到着前から、生憎の雨。楽器胡弓は、家一軒分のお金と聞きました。三味線も太鼓も、勿論胡弓もそうですが、雨にはすこぶる弱い楽器です。結局「おわら風の盆」を見たのは、小学校にしつらえられた特設舞台。

A指定席3,600円、B指定席2,100円で、初期の情報では傘は使えず、カッパはここで売ってない。運動場に座ると聞いて、B席にしました。この雨が、止むようには思えません。おわらの踊り手、地方(じかた)が、みずからおわらに陶酔したときこそ、おわらが一番輝いて見えるときです。

振り返って見て、このグランド見学が一番の成果でした。彼ら50人程度の支部(自治会毎)員は、概ね踊りと地方半々です。彼らが舞台の上で、われわれはグランドに用意された指定席パイプ椅子に座り、上からは雨です。雨の油断を窺って、指定席に座り、支部の踊りと演奏に聴き入ります。



11チームの内、6チームの演舞を見ました。私たちが最初に見た東新町チームも踊り手が揃っていたし、最後の下新町のチームワークも良かった。特に下新町の朱色の着物は、遠くからでも目に飛び込むあでやかさを持っています。この支部の地方は、紫の着物でした。

「越中おわら」の囃子のなかに、「竹になりたや 茶の湯座敷の ひしゃくの柄の竹に いとし殿御に持たれて 汲まれて 一口 オワラ 呑まれたや」
合い手(長バヤシ)
「春風吹こうが 秋風吹こうが おわら恋風 身についてならない」


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| 社長日記 | 10:28 AM | comments (0) | trackback (0) |

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